人間がずっと中央の交点にとどまっていれば(次元が変わらなければ)迷いも出てこないものです。
置き換えると、人間の悩みは霊魂と肉体(現実)の葛藤ということになります。
どちらかの選択で占いを使うなら、宿命の星が縦線向きなのか、横線向きなのかによって決めればいいってことです。
運型でいえば、東天運南天運なら横線を取り、北天運、西天運なら縦線の善悪を使います。
でも、そう簡単にも行かないようです。
心には次元というものがあって、それによって現実星でも精神性を帯びてくることがあります。
人生において一段、一段次元が高まります。一段階上昇したその時点においては現実的に生きたくなったものが、二段階の次元へ到達すると精神的なものを求めたくなるという心の変化が起きるのであります。そのために本来所有している人体星図上の配列が現実的であれ、精神的であれ、それは本質であり、心の動きはその時々の次元世界の状況によって変化していくのであります。
ここに占いの難しさがあり、それは同時に人生の難しさ、岐路判断の難しさです。
次元と分身律を語らないと、占いはただの当てモノになってしまうと警告されている部分です。
もし人体星図の星そのままの思考が生涯を通じ、本流を支配するものであるならば、どうして次元という異なった世界での状況を語れましょうか。
逆説的な言い方をしていますが、次元を語っているわけですから、星図を本流としてこの通りに生きれば、なんて占いの常とう句をいってもいられないってことです。
では次元が大事で星図は意味をなさないのかというと、それはまったく違います。
星図をベースにして、そこに次元が加わるという事です。
宿命的な「人体星図」の配列と次元は、石に芽を出した苔のようなもので、石が人体星図であり、それ以後に出現する次元が苔なのであります。そのために本質が現実的なものであったとしても、それ以後精神的次元の苔が付き、世の中から観た場合、高い精神世界を持っている人という評価を受けるのであります。
次元が苔だとすると、外からは苔がみえます。でも、土台になっている星図がきえるわけではなく、つまり、苔にも精神星の上に生えた苔と現実星の上に生えた苔があるってことです。
苔とは異気集合論です。
占いはこれを加味して行うことになります。
話しを主婦に戻します。
役割り(忍耐)か霊魂(自由・離別)か。
龍高星の部分次元ですから精神星を土台にして、、、、、、
どういう苔が生えたか、それがどのくらい伸びたかってことが問題です。

