鞴(ふいご)から送られる、空なる神のエネルギー(気)が万物を作ります。

これが人間世界(極)の二元であって、すべてです。

「無」=「有」、無と有は同じだよってことがわかれば、世界の成り立ちがわかったことになります。

 

「色即是空」の「即」は大拙先生もよく使われる言葉ですが、「すなわち」ではなくて、「即」です。すなわちでも瞬時でもない「即」これがイコールです。

不可分な同一性。

 

金持ち=貧乏、社長=平社員、有名=無名、偏差値80=偏差値20、美人=不美人、

成功=失敗、、、、、連結する言葉はなんでもいいです。

どの言葉でも統一される極は「真理」です。

 

とんでもない失敗をしたときに、呪文のように唱えましょう「成功も心配も同じ」。

売り上げが100万から10万におちたとき「100万も10万も同じ」南無・・・(^^)/

 

そんな風には思えないのですが、色即是空に感じるものがある人は、真理を唱えていることになるので、無駄ではないでしょう。

思えないと思うと、逆にそれがなんでだろうという疑問もわいてきます。

 

いかに差別区別の世界に馴染み過ぎていたか、わかるだけでもいいと思います。

それを脱しましょう、なんていいたいわけではなくて、ちょっとでも感じることで自分(人間)を知る一つの手がかりになると思います。

 

経文を唱えるのと同じ気持ちで、事あるごとに、これをつぶやくわけです。

「アーメン」とか「南無阿弥陀仏」とか、同じような感覚です。

 

不思議なことに、徐々に同じと思えてくるときがあるんですよね。

ま、次の日はまた同じ苦労をするのですが f^_^;、それでも、徐々に変化はあると思います。

 

算命学は肉体がつくる日々の暮らしが常に起点になっています。

そこ(肉体と日常)を離れて真理はありません。

霊魂に夢中になっている時は、霊魂>肉体(現実)が算命学的生きる道、と思い込んでいましたが、ほんと、これが大きな間違いでした |柱|ヽ(´・_`・。)猛反省…

 

肉体と精神という二元を同じと思えることが出発点になります。

理論的に思えるではなく、実感することの難しさです。

 

空=色の二元同一は、算命学にもつながるなのですが、算命学では、これだけを目指すことはありません。

仏教的には「空」なる真理があるのでしょうが、算命学は「人間」を占うという大前提があるために、人間を離れた所での、真理探究はありません。

目指すのは「人間の精神世界における「悟り」への入口」です。

 

仏教や哲学では「空」は難問なのですが、算命学ではそれを「陰陽・五行」という根本原理ですでに明白にしています。

証明できないこの原理を証明するために占い部門が作られたってことです。

 

次元を上げるとは、精神修養ではなく、現実世界の日常を一生懸命生きること以外にはありません。

こうすればできる、なんていう方法論もありません。王道なし。

 

算命学における、「色即是空」は肉体と気の関係に置き換えることができます。

悟りの入口には、肉体を使って生きることでたどり着くしかないってことです。

 

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