『不同意性交等致傷の疑いで逮捕された宮崎市議の「スーパークレイジー君」こと西本誠容疑者(37)に対し、宮崎市議会は11日の本会議で辞職勧告決議案を全会一致で可決した。決議に法的拘束力はない』
「父親は元暴力団構成員。1歳の時に母親が家を出て、その後、父親のパートナーが次々に代わり、主に祖母に育てられた。中3の時に暴走族のメンバーになり・・・」(Wikipedia)という経歴から議員という変貌に興味を感じました。
車騎星龍高星禄存星で90%弱を占める宿命で客観100%となると、それだけで環境に翻弄される波乱の人生が予測されます。
この場合は龍高星がどれだけ活躍できるかにかかってきます。
自我は月支本元だけでそれほど強くなく、星図の星は、龍高星と車騎星の二つだけ。
荒っぽい星ですが、日年の本元に禄存星があって、現実的には、人の役に立つことで燃焼するしかありません。
星並びからすると、政治家に向いているのですが、天馳星二つと龍高星3つはあまりにも安定感がありません。
物事を深く考えるよりも行動によって解決していくタイプ。
動ける政治家という意味では活躍の余地はあると思います。
庚寅は、干も支も強いのですが、正反対の季節でもっとも現実味のないエネルギーが与えられています。
「現実と理想とのギャップに悩みが生じやすい。追いかけても手に入らない夢を求めては傷つくような人生になりがち」
実際はそれほどひどくはないのですが、従星も含めての星並びを観ると、その傾向は否めなくなります。
ただ中央の天禄星が異質。中年期に向かってやっと安定した人生を作れそうな所へ来ているところでした。
これが痛いお灸になって、目が覚めればいいのですが・・・
心を中心に、左に天剋地冲、右に納音と持続する心が作られない弱点があって、その意味では立ち直りが早いという言い方もできます。
これまでも、たくさんの話題を提供してくれていますが、本人はそれほど心に響いていないはずです。
地支二つの対冲を蔵干ベースで二連解釈してみました。
龍高星はのりしろ(分裂を防ぐ役割)になるので、ここに信念や目的がはいると、この対冲は安定してくるのですが、龍高星が定まらないと、ばらばらになって、その時その時の出来事対応で(その日暮らし的に)生きることになります。
納音を成り立たせているのが天干の車騎星。
激しい行動が幾重にも分断されて出るとなると、車騎星も役割が入らないと、制御しきれない数々(納音)の暴走行為が生まれる危険もあります。
車騎星二連も龍高星二連も、目的が定まれば、抜群の判断力と集中力になって、ハイパワーで、役割を果たす行動と思考が生まれます。
とにかく目的が大事。
「(ヤクザ映画やヤンキー漫画に)憧れのようなカッコよさを感じていました。中学生の時から暴走族になり、共同危険行為(バイクの集団走行のこと)を繰り返していました。結局、鑑別所には6回行き、逮捕は計7〜8回、少年院には計5年いました」
<ネットのインタビュー記事より>
目的を持てないと、日干金性の車騎星は暴れるエネルギーになります。
日干金性の車騎星の特徴
・激しく爆発するがごときエネルギー。教養と知性との同宮が大切。
・単独では純粋な戦いの性情で、物事からの逃避はない。
・待つ事が許されず求めて行動するようになる。
・心と運命の構造が一致するので素朴で直なる人生が展開する。
教養と知性から切り離されて、戦いの性状を爆発的に発揮、それが習慣化すると、寅寅の比和は同じことを繰り返すことで逆に安定して、暴走のループを抜けることが難しくなります。
最大の問題は、この二つの精神干車騎星(年干)が現実では正反対の季節(春秋)から生まれている点です。
月干の車騎星は地支で天剋地冲となり(バラバラまとまらない、その時対応)、年干の車騎星は日年比和(闘争心が即行動に移る)です。
結果が天剋地冲されているので、こうやったらこうなるという計算が出来ずに、思いこんだら比和がすぐに動きます。
衝動的な行動が多くなるのですが、例えば、人助けなら結果を考えない素早い行動力となって、人ができないことができるでしょう。
自分は泳げなくても、溺れている人を観たら飛び込んじゃうみたいなことです。
今回の出来事も結果を考えることができずに、目の前の欲望がそのまま行動に出てしまう(甲禄存星→丙車騎星→日年の比和)という構造の影響もあるでしょう。
加えて月支天剋地冲と納音で心が作られないので、逮捕や少年院でも心に感じる痛痒は本当に一過性で響かないんですよね。
それに、車騎星+納音はじっとしていられないので、とにかく動かないとダメ。
その意味ではバイクで走ること自体は、理にかなった宿命消化法です。
それがないと自分がおかしくなります。
ただ、目的が定まれば、私心私欲抜きで、激しいエネルギーを目的達成の為に使うことができます。
これも、個人感情が作られないという観点からすると、人の役にたつことで心を作ることができるので、やはり政治家は向いていると思います。
意外と早い立ち直りで捲土重来もありそうです。
2022年、当選して戸田市議会議員になったのですが、居住していないという理由で当選が取り消されました。この時のインタビューで次のように語っています。
「経済対策に取り組む議員が多いですけど、僕はそれじゃないなと。自分はどちらかというと恵まれていない子どもなど、困っている人の味方でありたい。実際に会って話して、顔を覚えてもらって、話しかけてもらうのがいちばんだなと」
「損得勘定なしで活動を行いつつ、気づいたら(国会議員に)普通に当選している状態がいちばんいいですね。きれいごとですが、最初は軽いノリでも“あいつでもやれたんだから”と思われるような人になりたいなと」
宿命から見ると、これは本音のように思えます。
自分の生育環境から、自分の役割に立ち戻りつつあることを感じさせる言葉です。
環境(ドーム)を抜け出ようとしている矢先の愚かな行為ですから、ここでしっかりと反省して(身に染みて)、本来の役割に立ち返って欲しいものです。
続く
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