10月上旬、宮城県名取市にある、佐々木酒造店へ。
 
震災の津波で大きな被害を受け、仮設蔵で酒造りを続けていたのですが、
遂に酒蔵を再建したとのことで伺いました。
 
 
明治4年創業、「宝船 浪の音」を代表銘柄として造っています。
実は、こちらの酒蔵は閖上地区にあり、海のすぐそば。
蔵の横には川が流れ、東日本大震災では大きな津波が街を飲み込み、酒蔵も全壊。
 
当時、佐々木洋専務は、津波が押し寄せてくる一部始終
蔵の屋上からずっと目の当たりにしていたのだそうです。
 
地震から半年が経とうとする2011年8月、
私は名取市出身の知人達と一緒に被災地を訪れたのですが、
がれきが綺麗に撤去され、とにかく広大な平地が遠くまで伸びている閖上の地、
 
ここに街があったんだと言われても、人が住んでいる様子が全く想像ができないくらい、
何もない状況でした。
 
ただ、佐々木専務は、当時誰も先の事を考えられない中、
同じ場所に酒蔵を再建する、と決断し、家族で気持ちを一つにしたのだそうです。
 
とはいえ、同じ場所に酒蔵をすぐ立てられるわけでもなく、
宮城県や名取市としても地震、津波対策をしっかり講じなければなりません。
 
街全体を復活させるために3メートルの盛土をしたり、防波堤を作ったり、
区画整理をしたりと、復興には何年もの歳月がかかります。
 
その間、酒造りをストップし続ける訳にはいかず、
名取市復興工業団地内の仮設蔵で、2012年から酒造りを始めました。
 

そちらの場所も案内いただきましたが、
体育館のような広い空間が…。
 
 
酒蔵移転のため、だいぶ中は片付けられていましたが…

麹室はプレハブの中で。
洗米から搾りまで、全て仕切りのないほぼ同じ空間で作業しなくてはなりません。
 
せめてもということで、休憩室や酒質の分析をする場所はテントを立てて、
気持ちの切り替えをされていたとのこと。
 
こちらが分析室
 
こちらが休憩室
 
佐々木洋専務曰く、日本の醸造史上、
被災後このような場所で酒造りをした酒蔵は他にないそうで、技術指導の先生方からは、
「気持ちは分かるが、このような環境で飲める酒が造れるとは限らない。
それでもやるのか?!」と。
 
温度調整が難しく、繊細な酒造りには到底適さない環境下だけに、
慎重に、慎重に酒造りを始めたところ、
「地元の皆さんから、震災前より美味しくなったと、目を丸くして言われたんです…!
喜んでいいものやら複雑な気持ちでもありましたけどね(笑)」 と洋専務。
 
実際、仮設蔵で造った造った日本酒が、全国新酒鑑評会で2度入賞もしています。
 
そして、街も少しずつ復興を遂げ、
震災前は6500人いた閖上の住民も、2200人まで戻ってきました。
 
酒蔵も工事が進み、遂に先月10月1日、日本酒の日に
新蔵の完成お披露目会が開催されました。
 
 
震災後、がれきの中から出てきた、木製の看板も飾られていました。

傷がついたり剥げているところもありますが、この看板の存在が
再建への希望にも繋がったのではないでしょうか。
 
 
蔵の中を拝見すると、各所に洋専務のこだわりが感じられます。
 
とにかく清潔な空間で酒造りをするために、
酒蔵には珍しくエアーシャワーが設置されていたり、
 
水はけを良くするために床をステンレス化し、
排水溝に向かって急勾配をつけていたり
 
 
直接風が醪などに当たらないよう、袋の布目から冷気が出て
部屋の温度を調整できるようにしたり…。
(天井の、白い丸い筒のところから冷気が出ます)
酒蔵が新しくなって、さらに酒質も良くなるだろうという、と周囲の期待も高まっているので、
プレッシャーもありつつ、遣り甲斐を感じると、洋専務。
 
タンクは、浦霞や勝山の蔵元から、麹箱は宮寒梅の蔵元から譲り受けたものもあったりと、
宮崎県内外の多くの日本酒、焼酎酒蔵からの支援を受け、
「色々な人の気持ちをいただいて酒造りができている。本当にお陰様だなと感じている」と。
 
 

 
蔵には、試飲販売をされているスペースもあり、それぞれ試飲させていただきました。
 
 
 

浪庵、閖の文字は、社長でもあるお母さまが書かれていますが、
この閖は震災後から始めた純米酒。
 
洋専務が、がれきの山から昇る朝日を見て、日はまた昇るんだ…と勇気をもらい、
モチーフにしたのだそう。(この太陽は洋専務が書かれています)
 

浪庵は、華やかな香りでキラキラ透明感のある味わい、
宝船浪の音は地元定番酒。香り控えめで日常の食事に合わせ、ゆるゆる飲み続けたい、
玲瓏はしっかりコクがありつつドライな印象、
閖のひやおろしは、かなり丸みがありふくよかで甘さもふんわりと…。
 
酒造りは弟の佐々木淳平さんが杜氏として現場を仕切り、
杜氏の奥様、朋子さんも震災後から造りのお手伝いをされていますが、
今期からはなんと、頭(かしら)として現場に入るのだとか。
ちょうどお酒販売のお手伝いをされていたのでお話伺うと、
「夫とは喧嘩もなく、24時間一緒にいても全然平気なんです。何か力になれればと思って…」
と。なんとも頼もしく、カッコよく、素敵な関係だなぁ~と感じました。
 
今期から蔵人も増えるので、チーム宝船浪の音で、
和醸良酒目指して頑張っていただきたいですね!
 
 
10月中旬から今期の造りも始まりましたが、現在クラウドファンディングで、
新蔵で初めて搾る日本酒が手元に届く、という企画をされています。
詳細はこちらから
 
お酒の味わいは、仮設蔵の時から、
東京の影響力ある某酒屋社長も注目しているレベルの高さビックリマーク
 

 

「今年は、新しい蔵でまず美味しい酒を造り、それを皆様にお伝えしたい。

その上で、年を追うごとに色々な造りにもチャレンジしていきたい」と、洋専務。

 

仮設蔵では100石弱しか造れず、地元中心の流通でしたが、
これからは震災前の300~400石ほどにまで戻していくため、販路を広げていきたいとのこと。
 
地元産の米を使い、地元を表現し、想いが宿っている日本酒、宝船浪の音の味わいを
ぜひとも皆さんに知っていただきたく、ぜひクラウドファンディングでも
応援いただければ嬉しいです!!
 
 
閖上の漁場で揚がる魚に合う、爽やかな味わいを基本にしながらも、
それ以上に閖上をどう盛り上げていこうか、洋専務は強く考えています。
 
閖上に来てもらいたい、閖上を知ってもらいたい、
そのためにも開かれた酒蔵を目指していきたいのだそう。
 
蔵の目の前には、今年4月末に「かわまちてらす閖上」がオープン。
 
地元の方だけでなく、観光客も多く集まり、私が伺った日もとっても賑わっていました。
 
目の前には穏やかな川、のどかな風景が広がり、ゆったりと時間が流れます。
 
 
お母さんの顔が隠れるくらい、大きな笹かまのおせんべい!
 
こちらは、ゆりあげ港朝市 の会場
連日多くの方が訪れて賑わっているそうですよ!
私が訪れたのは夕方だったので、また改めて朝市伺いたいです!
 

名取は仙台から近いので、東京在住の方も土地を買い、
別荘を建てている方も増えていると伺いました。
 
復興半ばではありますが、以前の活気が戻ることを心から願っています。
ぜひ近い将来、酒蔵ツアーも企画したいですね。
 
街も少しご案内いただきましたが、津波と同じ高さ、9メートルのモニュメントを見て、
改めて津波の脅威を感じました…。

こちらは、日和山。
 
 
山の上に立つ木の幹の、2メートルの高さまで津波が来ていたと…。

あれだけの辛い経験をされながら、地元を愛し、酒蔵として閖上で何ができるのか、
自問自答しながらも、大きな夢を持って一歩ずつ前進する佐々木酒造店、
洋専務の、穏やかな表情、笑顔でお話させる様子が、とても印象的でした。
 
また、今回ご縁を繋いでくださった、全国全ての酒蔵を巡る旅にチャレンジしている、立川哲之さん、
毎年酒造りの時期は佐々木酒造店で蔵人をされていますが、
その間、洋専務の家に住み込み寝食を共にしているとのこと。
 
復興の過程を間近で見てきただけに、
今期の新蔵での酒造りは、立川さんにとっても感慨深いものがあると思います。
今回のクラウドファンディングの企画にも、熱い想いが込められています。
 
佐々木酒造店の訪問は初めてでしたが、このタイミングで蔵に伺えて、本当に良かった!
新酒が届くのが、楽しみでなりません音譜
そして、閖上の活性化に向けても注目していきたいですし、応援していきますね。
 
お忙しい中ご案内いただき、ありがとうございましたニコ