なんと、お盆の前に

家に帰ってくることができました!

 

こんなに短期間で退院できたことないから

びっくりしてますが

 

やっぱり自分のペースで生活ができる

自分の空間っていいですね(^﹀^)


何度経験しても

退院って解放感に溢れてます☺︎*


 

医療への依存度や

生活での介助量が増えると

家での暮らしも色々大変なんですけどね

 

それでもやっぱり病院とは違うんです!

 

 

退院前のICやこれからのことについては

また今度〜

 

 

色々検査して、その結果を聞く中で

思ったこと。



医学的な重症度というか重篤度というか

 

それと、自分にとっての生活の困難度や

自分が感じてる症状の辛さは

イコールじゃないということ。

 


最近、自律神経の症状が

めちゃくちゃにしんどいです。

 

身体が動かないことよりも

発作よりも辛い。

 

身体が動かないことは

支援してもらいやすいし

 

発作は病院でも目を向けてもらえる症状


 

でも、目に見えない症状は

どう伝えればいいのか分からなくて

 

というか、どう伝えたら伝わるのか

分からなくていまだに悩みます。

 


数年前にも

自律神経の症状が辛くてたまらない...

 

そんなことがありました。


 

でも、その時は検査の数値には

そのしんどさがほとんど現れず。。

 


最終的には

 

【自律神経失調症】

 

と言われました。


 

でも、今は違います。

 

神経の病気からくる

 

【自律神経障害】

 

という診断


それも、高度の〜とついています。

 

 

瞳孔が散大して


頻脈になったり徐脈になったり


血圧が下がったり


異常に汗をかいたり


排尿障害があったり.....


 

それに付随して

頭痛や吐き気や倦怠感も。


 

どのみち症状を和らげる治療や方法が

今の私の場合はわかりません。

 

だから、病的だけど

様子をみてうまく付き合うしかない。


 

私にとっては数年前と

何も変わらない状況なのです。

 


それでも

 

【自律神経失調症】



【自律神経障害】

 


だと、診断書の印象が

全然違う気がしてしまいます。


 

POTSや起立性低血圧の症状だって

起立性調節障害と言われていた頃と

自律神経障害と言われている今では

そんなに変わらない辛さがある。


それなのに、

自分の中での受け止め方も

周りからの受け止められ方も

違うように感じるのです。

 

うまく言葉にできないんだけど...

 

症状の辛さと病名のインパクトは

比例しないものだし

 

配慮や支援や助けが必要っていう意味では

病名よりも辛さや困難度のものさしで

見るべきだし、見られないといけないと思う。



でも

自分のニーズを自覚することも

誰かが当事者のニーズに気がつくことも

 

やっぱり医学モデルの方が発見されやすくて

社会モデルでは埋もれていきやすい



このギャップがあるから

【病名】というものが

時には壁になってしまうんだろうなぁ



頭では分かっていても

自分の困難さを社会モデルで捉えるって

実際には難しいことですよね。



権利とかそう言う難しい話じゃなくて


〈困ってるから助けて!〉


って言えるようになれたらいいのにな




自分の困り事と向き合う。


これって実は

ものすごく難しい課題ですね。


医療という

困難さが数値化されることの多い世界だと

なおさら難しいわ〜


そんなことを考えた入院生活でした