三角雨異聞(土方さんの本音) | 雪の上に照れる月夜に梅の花

雪の上に照れる月夜に梅の花

雪月花の時 最も君を想う…土方歳三、新選組、薄桜鬼大好き

閲覧注意

艶の三角雨イベのパロディーです。

艶の主人公や、あのイベの土方歳三がお好きな方にはオススメしません。

申し訳ありませんが、苦情は受け付けません。ご了承ください。





゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆





梅雨の合間の昼下がり、雨が止んでいる今の間に筆を買いに出ようした土方は、屯所の玄関で斎藤に出会った。

「お出かけですか」
「ああ、ちょっとそこまでだがな」

斎藤はちらりと土方の手元を見て、土方が傘を持たずに出て行こうとしている事に気付いた。

「降りますよ。傘をお持ちになったほうがいいかと」

といいながら、土方の前にぬっと傘を差し出す。

「かまわねえよ。そう遠くはねえんだ。振りだしゃ走って戻ってくるさ」

と土方は答えるが、斎藤は土方の目の前に傘を差しだしたまま動かない。
玄関の軒から空を見上げると、先ほどまでは少々薄日がさしていたはずがどんよりとした雲に覆われていて、今にも泣き出しそうなというのがぴったりだった。

「…まあ…そうだな…」

曖昧に答えて、土方は傘を受け取りそのまま出かけた。


斎藤の言うとおり、筆屋で買い物を終えて出ようとした頃には止んでいたはずの雨が本降りになっていた。

(無駄にはならなかったってわけか…)

傘をさして店の軒を出たところで、土方は知った顔の二人に出会った。
島原の置屋である藍屋の主人とそこの新造の艶美だった。

藍屋にとっては新選組は上客とはいえないものの、ある程度まとまった銭を落としてくれる得意客だ。
藍屋の主人は土方に気がつくと、品の良い微笑を浮かべて挨拶をしてきた。
土方もそれに応じて軽く立ち話をしていたが、実は土方は藍屋の主人が苦手だった。
苦手というよりも、積極的に懇意にしたいとは思わない相手だ。
その物腰から、彼に刀を握らせればかなりのもののはずだと土方は見抜いていた。
そして、どうもあの慶喜さんとは何か深い関係があるに違いない、隠密というよりももっと近しい関係のような気がしていた。
気がするだけだが。
敵なのか味方なのか。
藍屋の主人の顔を見ていると、ついそんなことを考えてしまうのだ。
そしてこの艶美だ。
この新造、座敷で化粧をし着飾っておれば、少々幼さは残っているもののなかなかの別嬪である。
先代の吉野太夫とやらに似ているとかで大評判だ。
だが、どうも客を楽しませねばと気負いすぎるのがいけない。苦手だと土方は思っていた。
人が良く親切心が旺盛だということは女にはいい気質だとは思う。
思うが。
それが高じて突拍子もないことを思いつくのは大抵この女だし、それ故この女と一緒にいるといつも何だかんだと厄介ごとに巻き込まれるのだ。

そして今日も藍屋の主人と土方が挨拶を交わしている間に、案の定、艶美が急に少し離れた民家の軒先の方に駆けていった。
何事かとそちらを見やると、そこには幼い兄妹が雨宿りをしていた。
どうも艶美はその兄弟に傘を貸してやろうとしているらしい。
押し問答をしているようなので、見かねて土方は口を出してしまった。
兄妹は土方の一言で艶美の傘を受け取って帰って行った。

さて…。

三人に傘が二本になった。
傘のなくなった艶美に、濡れてしまうと反射的に土方は傘を差し出したが、それは藍屋の主人と同時であった。
この新造をどちらの傘に入れるか。
つまりはどちらの男と相合い傘をするか。
土方と藍屋の主人の顔を見比べて赤くなって何か考えを巡らせているような艶美の顔を見て、これは妙な誤解をされていると土方は思った。

「同じところに帰るんだから藍屋さんの傘に入るのがどう考えても普通だろ」

そう土方がいってやると、あっそうかという顔をして、艶美は藍屋の主人の傘に入った。

が。
今度は。

(なんだよ、この二人は…)

絶対に俺は藍屋さんにも何か勘違いされている。
土方はそう思った。

成り行きで連れのようになってしまい、相合い傘の二人の遅い歩みに合わせて並んで歩くハメになったのだか。

「そないに離れとったらそっちの肩が濡れてしまうよ。もっとこっちへ」
「えっ…あ…でも…」
「あんさんに風邪でもひかれたらかなわんよって、ちゃんと傘に入り」

そう言ってそれとなくとこちらに視線を流しながら艶美の腰を引き寄せる藍屋の主人。

(俺が悋気でも起こすと思っているのか?)

どうでもいいが俺にそんな気は無い、それとも用がないなら早く立ち去れという合図か?などと考えて、ふと、相合い傘でいちゃついている男女の横に一緒に並んで歩いている自分の間抜けな姿に土方は気がついた。

(ちっ!)

心の中で舌打ちをして、これはもう俺には用はないだろう、この場を辞そうと土方が顔を向けた途端、艶美がぴょんと跳びだした蛙に驚いて足を取られて倒れかけた。

(危ない!)

気がつくと土方は、自分の傘を放り出して艶美を支えていた。

「大丈夫か」
「…は、い…」

眼をうるうるさせた艶美が土方の顔を見上げた。
その顔は(やっぱりそうだったのね)と言っているように見えて、土方は慌てて彼女を立たせ、手を離した。
何故か藍屋の主人も満足げに微笑んでいる。
決まりが悪くて眼をそらし、傘を拾おうとして土方は愕然とした。
土方の傘は風に煽られて少し離れた橋の下に落ち、川の中に飲み込まれてしまっていた。


三人に傘が一本になった。


いやむしろこれでこの場を辞して走って帰るきっかけが出来て良かったのかもしれない。
そう思って、

「それじゃ、俺は…」

とその場を去ろうとしたところ、艶美がまたとんでもないことを言い出した。

「秋斉さん!私の代わりに土方さんを傘に入れてあげてくださいっ!お願いしますっ!」

(は…?)

何を言い出すかと思えば…土方は内心目をむいた。

(女とならともかく、男同士で相合い傘をする物好きが一体どこにいるんだよ…)

だいたい。
男同士での相合い傘なぞ、総司がまだ細っこい子どもだった頃に一度やったかやらないかだ。
近藤さんとでもやったことがない。
そもそもそんなことを思いついたこともない。

これにはさすがに藍屋の主人も驚いたようだった。

「男と相合い傘なぞ、むさ苦しいだけや」

そうだ、その通りだ。
自分自身がむさ苦しいと言われたような気がしないこともない土方ではあったが。

とにかく、この場に長居をするとこの女に何をさせられるかわからない。
悪意がないということは分かるのだが。
早々にこの場を立ち去った方が良さそうだと土方は思った。

「雨も止みそうにねえし、ここで長話もナンだ。俺はここで失礼させて貰う」

そう言って、土方は羽織を被いで一歩踏み出そうとした。

「待ってください、私のせいで!」

そう言って艶美が土方の羽織の端を掴んだ。
だが、その手に藍屋の主人がやんわりと手を添え、もうおよしというふうに艶美に首をふった。

(ありがたい)

「気にするこたあねえ。三人で団子になってゆるゆる歩くよりこうやって走っていくほうが早い。それじゃあ、またな」

そう言って土方は雨の中を走り去った。


ばしゃばしゃと雨の中を走り、角を曲がって店の軒先で一休みする。
男同士で相合い傘なぞ、させられなくて良かった。
総司になぞそんなところを見られたら、何を言われるかわかったもんじゃない。

(いや、そういう問題じゃねえ…)

だがもう、このことは考える気がしなかった。
なんだかものすごく疲れた。
そうだ、そうなのだ。あの新造といるといつもこうなのだ。

(筆一本買いに出ただけだぞ、俺は)

空はまだ暗く、雨はやみそうにない。

「さてと…」

再び雨の中に出ようとした土方は、ふと馴染みの女の家が近いことに気がついた。

(あいつの膝枕で一休みしてから帰るとするか…)

温かい膝枕を脳裏に描くと、ふっと笑みが浮かんだ。



羽織を被き直して、土方は再び雨の中に走り出た。