光が射す場所 284 | 蒼のエルフの庭

蒼のエルフの庭

蒼の方への愛を叫んでおります
主に腐小説中心の妄想部屋でございます
ご理解いただける方のみお入りください
(男性の方のご入室はお断りいたします)

廊下から息子の声が聴こえた

上毛屋は大きく咳払いをして入るように伝える

襖がゆっくりと開いて三人が中に入ってきた

 

文に認めてあったように

息子も若主人も一回り小さくなっていた

主は翁に視線を向けて小さく頷くと

翁もそれに応える様に小さく頷いた

 

 

「おとっつあん ただいま戻りました

 長い間、店を空ける事を許してくださり

 ありがとうございました

 江戸を出る時お約束しました

 智を無事に連れ帰る事が出来ました

 それもこれも、おとっつあんが快く送り出してくれた

 お陰でございます」

 

若旦那は今回の件は

おとっつあんも同意の上のことだと

改めて智に伝えたい想いがあった

その意を汲んだ上毛屋

にこやかな顔で言葉を掛ける

 

「お帰り ・・・ 無事に戻って来れて何より

 それも二人一緒に ・・・ 本当に良かったなぁ」

 

精悍な顔つきをした息子

苦労した分、一回りも二回りも

大きくなったような気がした

『可愛い子には旅をさせろ』

この言葉には意味が有ると

身をもって理解した

 

「はい ・・・ 一人では何も出来ませんでした

 皆さまが助けてくださったお陰で

 今日の日を迎えられたと思っております」

 

 

商いで顔を出している店は仕方がないが

それ以外の所では

屋号を出すことはなかったと聞き及んでいる

あくまでも個人として

甘ちゃんだと思ってた主

若旦那の心持に至極感心をした

 

「翔、暫くは旅の疲れを癒しなさい

 これは主からの言い付けだよ」

 

「おとっつあん ・・・ それでは

 申し訳が立ちません

 明日からでも店に出ようと存じます」

 

「馬鹿をお言いでないよ

 長旅の疲れもとれぬうちに

 我が子を店に出した鬼のような親だと

 後ろ指をさされても良いのかい?」

 

「それは ・・・」

 

上毛屋も我が子は可愛い

甘い甘いと言われても

体が戻るまでは養生させたい

これは翁からの文にも認めてあった

 

「私はお前さんの願いを聞いた

 お前さんも私の願いを聞き届けておくれ

 翁、私は甘い親ですかね?」

 

「普段は厳しい親だが

 今回に限っては甘くても良いんじゃないかのう」

 

「ふふ ・・・ 普段は厳しいですかな(笑)」

 

「それが親の優しさじゃ

 今回、若旦那もその意味が

 身に沁みて分かったじゃろう」

 

若旦那は黙ったまま大きく頷いた

 

「上毛屋、一つ願いを聞いてはくれぬか」

 

「願いでございますか?」

 

「ああ、此処に控えておる若智屋の主の話

 最後まで聞いて貰えんかな?」

 

「勿論でございます

 今から話をしようと思っておりました」

 

「はて?お前さんからかい?」

 

翁が怪訝な顔をして訊ねる

 

「ええ、私の気遣いの無さが

 今回の件の一因であるのは明白

 息子に言われた時ハッと致しました

 智さん、私はお前さんの親代わりだと思っていたよ

 その親代わりが、お前さんを引き留める事をせなんだ

 それを謝らせて貰おうと思ってな」

 

その言葉を聞いた若主人

引き締めていた顔がみるみる崩れて

涙が零れ落ちた

 

「滅相もございません ・・・

 全ては私の身勝手な想いが招いたこと 

 上毛屋さんにも翔にも、ご迷惑をお掛けしました

 本当にすみませんでした ・・・ 

 その上 ・・・ 私を連れ戻すために

 翔を ・・・ 翔を ・・・ 寄越してくださり

 言葉に尽くせないほど感謝しております」

 

畳に額を擦りつけるほど頭を下げた

涙は頬を伝い、畳にぽたぽたと落ちていく

 

「お前さんの親がなくなった時から

 私は親代わり

 子が間違った事をしたのであれば

 それを正すのが親の務め

 お前さんは江戸を出るべきではなかった

 誰にも何も言わずに、身代を譲る

 それはな、和也さんや奉公人に対しての裏切り

 絶対にしてはいけない事ではないのか?」

 

この場で二人の事を持ち出す必要はない

若主人が店に戻れるように諭すのが上毛屋の務め

それ以外の事はまた別の話だと考えた

 

「はい ・・・ 私が無責任で浅はかでございました

 和也に、翔に、翁に ・・・ 

 私の間違いを正して頂きました

 上毛屋さん ・・・ 虫のいい話だとは思いますが

 店に戻ることをお許しいただきとうございます

 どうか ・・・ お許しください」

 

更に頭を擦りつける若主人

慌てたのは上毛屋

まるで苛めているみたいだと思えて

若主人の肩を抱き起す

 

「これこれ、頭を上げなさい

 お前さんが店に戻ることを

 私が反対する訳がないであろう

 店に戻すために、翔を迎えに行かせたのだよ

 顔を上げて胸を張って店に帰りなさい

 ああ ・・・ 翁、違いましたな」

 

上毛屋は思い出したように苦笑いを浮かべ

お門違いな話をしていると言わんばかりに

頭を搔いた

 

「上毛屋も耄碌したのかのう(笑)

 二人は遠い伊勢の地に

 お陰参りに出かけておったんじゃ

 お陰参りを終えたら

 店に帰るのは当然じゃな」

 

「左様でございます

 泣き顔で戻ると店の者が心配する

 お前さんの帰りを首を長くして待っておるぞ」

 

「おとっつあん ・・・ ありがとうございます」

 

傍で聞いていた若旦那

涙が溢れて声が震えている

 

「お前さんが泣いてどうする(笑)

 智さん、一つ頼みを聞いてはくれぬか」

 

「はい ・・・ どのような事でしょうか?」

 

「お前さんの隣で泣いている

 私の息子を、暫く預かってはくれぬか」

 

「それはどうしてでしょうか?」

 

「さっきの話を聞いていただろ

 家に居れば店に出ようとする

 それでは旅の疲れは取れぬ

 暫くで良いから、預かって貰えるかな?」

 

「はい、喜んで預からせて頂きます」

 

「何でもさせてくれて構わぬからな

 それから、翔は日に一度は顔を見せておくれ」

 

「上毛屋」

 

「何ですか?」

 

「お前さんを見直したよ

 流石、江戸一の大店の主

 懐も大きいのう(笑)」

 

「翁がそれを言いますか?(笑)

 我が子可愛さゆえの

 私の我儘でございます」

 

一を言って十を知る

翁の文に込められた願いは

全て上毛屋に伝わっていた

 

「そうじゃな、智

 若旦那の事を頼んだよ」

 

「はい ・・・ 承知いたしました

 上毛屋さん、翔には絵の手伝いをして頂きとう存じます

 翔、智翔の絵を描く手伝いをしておくれ

 それならば、休むだけではないだろ?」

 

あれよあれよと、自分のことを決められて

戸惑っていた若旦那

一緒に絵を拵えるとなれば話は違う

 

「それなら、喜んでお前さんの家に行かせて貰うよ」

 

「上毛屋さん」

 

若主人は居住まいを正して

真っ直ぐに主の目を見つめる

 

「私は翔の幼馴染でございます

 家に泊めるのも幼馴染としてでございます

 今はそれで充分でございます」

 

若旦那も同じように居住まいを正し

 

「おとっつあん、私は大事な幼馴染の家で

 養生させて頂きます

 ご迷惑をおかけしますが

 よろしくお願いします」

 

二人して同じように頭を下げた

 

翁はそれを見て笑みを浮かべ

 

「この二人はな、私が思うよりも頭が堅い(笑)

 何事も段階を踏むことを知っておる

 今は言葉通り受け取ってやっておくれ」

 

それは二人を見た時から理解していた

契りを結んだ相手なら

どうしても瞳に甘えが出る

それが見受けられないということは

心だけが繋がった証拠

 

「承知しております

 翔、今日だけは家に泊まり

 明日から若智屋さんで養生しなさい

 智さん、早く店に戻っておやり

 今か今かと待ちわびている

 店の者たちの為に

 家の番頭が褒めておりましたよ

 若智屋の使用人は躾が出来ていると」

 

「ありがとう存じます

 一番嬉しい言葉でございます

 お言葉に甘えて帰らせて頂きます」

 

「ああ、目と鼻の先だが気をつけてお帰りなさい

 翁、二人が大変お世話になりました

 ありがとう存じます」

 

「主、見事じゃ(笑)

 儂の方からも礼を言わせて貰うぞ

 ありがとう

 はあ、儂も肩の荷が下りた」

 

翁が漸く安堵の表情を浮かべた

 

「爺さん、今日は家に泊まっていってください」

 

「そうじゃな、そうさせて頂こう

 若旦那、今日はゆっくり休みなさい

 若主人、それでは帰らせて頂こうかのう」

 

若主人はもう一度お辞儀をして

ゆっくりと立ち上がった

その後に翁も続く

 

「翔、見送りは要らないよ」

 

「ああ、分かったよ」

 

若旦那はその場で立ちあがって二人を見送った

 

 

 

 

 

<続きます>