ハモンド先生は寝かしつけようと、少女にシワだらけの手を伸ばしたが、ちょうどコープさんが保健室のドアを開けて顔をのぞかせた。彼女の出現と同時に、新鮮な血の香りが漂ってきた。


 「もう一人来たわよ」


コープさんが予告する。



 構われるのが嫌で、ベラは急いでベットから飛び降りた



 「これ」


ハモンド先生に冷湿布を返した。


 「もう必要ないので」



 マイクが嫌がりながらリー・スティーブンスを半ば引きずるようにして入ってきてぶつぶつ不満を言っていた。顔の高さまで上げられたリーの手からは、まだ血がしたたり、彼の手首まで流れている。


 「やばいな」


これをきっかけに離れよう―――そしてベラも。


 「ベラ、ここから出て」


 彼女は戸惑った目で僕を見あげた。


 「僕を信じて―――行くんだ」


 彼女はすばやく動き、ドアが閉まる前にすり抜け、事務室へと急いだ。彼女のあとに僕も続いた。彼女の揺れる髪が僕の手に触れる…。


 彼女はまだ目を大きく開けたまま、僕を振り返った。


 「言う通りにしてくれたんだね」


それは初めての事だった。


 彼女の小さな鼻にしわが寄った。


「血の匂いがしたからよ」


 思いがけない言葉に驚いて、彼女を見つめた。


 「人は血の匂いをかぎわけられないはずだ」



 「私にはわかるの―――それで具合が悪くなるのよ。サビとか…塩みたいな匂いがする」


僕の表情は固まったまま、見つめ続けた。

 

 彼女は本当に人間なのか?彼女は人間にみえる。彼女は任らしく柔らかい。彼女は人間の匂いがする―――それもすごくいい香りだ。彼女は、ある種の…人間らしい行動をとる。でも、彼女は人間らしく考え方をしないし、反応しない。

 他にどう考えればいいのだろうか?



 「どうしたの?」


ベラが聞いてきた。



 「なんでもないよ」



 マイク・ニュートンが乱暴な考えとともに、腹をたてながら部屋に入り、僕たちの話の腰を折った。



 「もうよくなったんだ」



 彼は横柄に彼女に言った。



 彼にマナーを教えたくて、手がムズムズする。自分自身を監視していないと、最後にはこの不愉快な少年を実際に殺してしまいそうだ。


 「手はポケットに入れておいて」


ベラが言った。僕に言ったのかと思った。



 「もう、血は止まっているよ」


彼は不機嫌そうに答えた。


 「授業に戻るの?」



 「冗談でしょ。とんば帰りにしてここに戻ってくるハメになるわ」



 これはいいね。彼女とは一緒にいられない時間を過ごすのだと思っていたが、今や代わりに特別な時間を手に入れたぞ。どんどん時間が経っていくことに、もったいなく感じた。


 「ああ、そうか…」


マイクはぶつぶつ言った。


 「じゃあ、今週末は行くよね?ビーチに」



(話しながらマイクがエドワードを軽くにらみつけるのをベラは見た)


 ああ、彼らは計画を立てていたんだ。怒りがこみあげてくる。グループ旅行を考えていた。他の生徒の意識からも、この計画をみたことがある。二人で出かけるわけじゃない。まだムカつくけどね。自分自身をコントロールしようと、ゆっくりとカウンターにもたれかかった。


 「もちろんよ。行くって言ったじゃない」


ベラはマイクに約束した。


 そして、彼にもイエスと言ったんだ。嫉妬心が燃え、渇きよりもっと苦しい。


 いや、ただのグループでの外出じゃないか、僕は自分に言い聞かせる。彼女は友達と一緒にその日を過ごすだけだ。それ以上は何でもない。


 「父さんの店に集合することになってる。十時に」


―――そして、カレン家は招待されてない


 「行くわ」


彼女は言った。


 「じゃ、体育館で会おう」


 「あとでね」


彼女はそう返事をした。


 マイクは憤りながら、教室に戻って行った。



―――彼女はあの変わり者をどうみているんだ?もちろん、彼は金持ちだとは思うよ。若い女の子って彼に魅力を感じるみたいだけど、僕はそう思わないね。あまりにも…完璧すぎるだろう。彼の父親は兄弟全員に整形手術をしたに違いない。

だから全員真っ白で綺麗なんだよ。不自然じゃないか。それに、彼は何というか…怖いんだよね。彼が僕を見ているとき、僕を殺そうと考えてるみたいだ…いかれてるよ…。


 どうやらマイクはまったく鈍感なわけじゃなかった。