お気に入りの穏やかなドビュッシーのCD―――あの初日に聴いていたものと同じCD―――をかけたが、ずっとこの曲を聴いていなかった。僕を楽しませ好奇心をそそる音楽の断片が、頭に流れ込んでくる。ステレオの音量をさげ、頭の中に流れる音楽に意識を傾けた。曲が出来上がるまで、指を動かす。まるで空想上のエアピアノの鍵盤を演奏しているかのように指が動く。


 新しい曲の構成が本当に一人でにやってくる。そのとき、精神的な苦痛の波長が僕の気を引いた。



僕はその波長の方角へ目を向けた。



 ―――ベラ、気を失いそうなのか?僕はどうする?



マイクはパニックを起こしている。



 100ヤード先で、マイク・ニュートンが片足を引きづって歩くベラを通路の端で腰を下ろさせている。彼女は湿ったコンクリートに崩れるように座り込んで、目を閉じ、死んでいるかのように真っ青だ。



 僕はドアを壊す勢いで車から飛び出した。



 「ベラ」


大声で叫んだ。



 彼女の名前を呼んでも、血の気のない顔で動かない。



(ベラはエドワード声を聞いたが、こんな状態の自分をエドワードに見られたくなかった)



 僕の全身が氷よりも冷たくなっていく。



 マイクの驚いた怒りに気付いて、猛烈な勢いでマイクの意識を調べた。彼は僕に怒っているだけで、ベラに何があったのかわからない。もし彼がベラに何か危害をくわえたのなら、僕は彼を殺すだろう。


 「どうした…ケガしてるのか?」



(ベラにはどんどん近づくエドワードの声が怒っているようにも聞こえた)



 マイクの意識に注意しながら聞いた。人間の速度を保って歩くのはイラつく。近づくまで注意を引くべきじゃなかった。


 そのとき、ベラの鼓動と呼吸を聞き取ることができた。彼女の姿をとらえたとき、目はつぶったままだった。それで僕のパニックも少しは落ち着いた。


(ベラはぎゅっと目をつぶって死んでしまいたいと思った。せめて彼の前で吐きたくなかった)



 生物学での様子のイメージがマイクの意識から少しみれた。白い肌が青くなってり机に突っ伏しているベラ。赤い滴が白いカードに垂れて…。


 血液検査だ。


 僕はじっとして息を止めた。彼女の香りは特別、でも彼女に流れる血とは、まったくの別物だった。



「貧血だと思う」


マイクは心配と同時に怒りながら言った。


(ベラにはマイクが緊張しているように感じた)



「何が起こったのか分からないんだ。彼女は指を刺してもいないし」



 安心感が僕を洗ってくれた。空気を味わいながら、また呼吸をはじめた。ああ、マイク・ニュートンの血の匂いをかぐことができる。かつて僕の気をそそったかもしれない。


 僕の介入に腹をたてているマイクを無視して、彼女のそばに膝をついた。



「ベラ、聞こえる?」



(ベラは自分のすぐそばで聞こえるエドワードの声が、事情がわかってほっとしているかのように感じた)



 「聞こえない」


彼女はうめくように言った。


 「あっち行って」


 ほっとして、僕はついくっくっと笑ってしまった。彼女は大丈夫だ。


 「保健室に連れていくところなんだけど」


マイクは言った。


 「でも彼女がここでとまっちゃってさ」



 「僕が連れていくよ。君は授業にもどっていいよ」


僕は上から目線で言った。



(ベラが聞いたエドワードの口調にはまだ笑い声がにじんでいる)



 マイクは歯ぎしりして言う。


 「いいよ、僕が連れていくことになっているから」



 僕は哀れなマイクと争うつもりはない。



 スリルと怖れ、緊急で彼女に触れる必要性に半分喜び、半分ためらいながら、僕は通路からベラをそっと持ち上げて、彼女の服にふれるように両腕に抱え、できるだけ僕の身体がくっつかないようにした。ベラを急いで助けるためにけかけつけた同じ動きで、大股で歩いた。


 彼女はぎょっとして目を開け、ひどく驚いていた。



(ベラは、まるで5キロしかないみたいに、突然エドワードに、軽く抱きかかえられ驚いた)



 「おろしてよ」


彼女は弱々声で言った―――またうろたえている、彼女の表情からわかった。ベラは弱いところを見せたくないんだ。


(ベラはエドワードに吐いたりしないように祈るばかり)


 僕たちの背後でマイクの抗議の叫びが聞こえたけど、無視だね。


 「ひどい顔をしているよ」


目まいと胃が弱っているだけで悪いところはないとわかって、僕はにやりと笑った。



 「おろして」


そう言った、彼女の唇は白い。


 「君は血を見ただけで目まいがしたの?」


これ以上に皮肉なことってあるだろうか?


 彼女は目をつぶって、口を閉ざしてしまった。


(ベラは全力で吐き気と闘った)


 「それに君自身の血でもないのに」


僕はにっこり笑いながら付け加えた。