バーナー先生の声が、彼女を空想から引き戻し、彼女はゆっくりと目を開いた。するとすぐに僕を見た、もしかすると僕の視線に気づいたのかもしれない。彼女は長い間僕に悩んでいたような狼狽えた表情で僕の目を見上げた。
僕は良心の呵責や、罪の意識、渇望の再来をも感じなかった。これらの感情がまた来ると、すぐに来ると、そう思っていた。でも、非常に神経過敏な奇妙な感覚がこの一瞬で僕を支配した。敗北というよりも、むしろ勝ち誇ったかのような。
彼女は目をそらさない、そして僕はいたずらにも彼女の澄んだブラウンの瞳から考えを読もうと、不適切にも熱烈に凝視した。そこには答えというよりも謎だらけだった。
(ベラには、エドワードが今ではすっかり黒くなった瞳で面白そうに見つめているようにに感じた)
僕は自身の目に映ったものを見ることができた。そして咽喉の渇きによる闇があるのも分かった。僕が最後の狩りをして以来、もう少しで2週間がたとうとしている。これでは希望がもろくも崩れ去るような、危険のない日とは言えない。でも僕の闇の部分は彼女を怖がらせようとはしないようだ。彼女はまだ目をそらさずに、そして優しく、彼女の肌がピンク色に染まり、とても魅力的だ。
―――彼女は今、何を考えている?
(ベラはすぐに彼がそっぽを向くと思っていたが、探るように見つめ続ける彼から目が離せず手が震えた)
僕はもう少しで声に出してこれをきくところだったが、ちょうどこの時に、バーナー先生が僕の名を読んだ。先生の方向をちらりと視線を動かしている間に、彼の頭の中から正しい回答を選び出した。
(ベラには先生の質問内容も聞く余裕はなかった)
僕はすばやく息を吸い込んだ。
「クレブス回路です」
(エドワードの視線から解放されたベラはすぐにうつむき、いつものようにビクビクしながら髪を顔の両側に垂らして顔を隠す)
咽喉の渇きは、咽喉を焼きながら下りていった―――筋肉が緊張し、毒液が口の中に満ちる。そして、僕は瞳を閉じ、僕の中で激昂させる彼女の血への渇望が通り過ぎるのを全力で集中した。
僕の中のモンスターは以前よりも強くなっている。モンスターが喜んでいた。彼が望むようなとても最悪な事を与えるチャンスは五分五分であり、彼はこの2つの未来を抱きしめている。ぐらつく未来は、僕に自制心が砕ける様を考えさ「せる―――全てにおいて、共通する嫉妬心により破壊される自制心―――そして彼はあまりにもゴールに近い。
良心の呵責と罪の意識が咽喉の渇きで燃え上がり、もし僕に涙を流す能力があれば、今僕の目に溢れていたことだろう。
僕はどうすればいい?
戦うことはもう出来ないとわかっている。僕が望むものの中に敵対する理由などない。僕はふたたび彼女を見ようと向きなおった。
彼女は髪で顔を隠していたが、頬が今も深い紅色に染まっていることが、垂れた髪の間から見ることができた。
(ベラは久しぶりに目が合っただけで感情の波がどくどく駆けめぐり、彼に振り回されている自分に動揺した)
モンスターはそれが好きなようだ。
彼女は再び視線を合わせなかったが、神経質そうに指の間に黒い髪を絡ませていた。彼女のきゃしゃな指、かよわい手首―――それらはとても脆そうで、僕の息がそれらに噛みつくことができるような世界を求める。
だめだ、だめだ、だめだ。僕にはそんなことなど出来ない。彼女はとても脆すぎて、とても善良な人すぎて、この運命を受け取るに足るほどに大切すぎて。それを壊してまで、彼女と衝突する人生など受け入れられない。
でも彼女から離れて暮らすこともできない。これに関してもアリスの予知は正しかった。