「ふむ」


カーライルは言った。


「君のお父さんが待合室にいるから―――もう一緒に家に帰ってもいいでしょう。でも、めまいがしたり、目の具合がおかしかったらまた来なさい」



 ベラの父親はここに?僕は待合室から流れてくる人々の意識をざっとのぞいてみた。その中から彼のとらえがたい心の声を拾い上げることができなかった。ベラが心配気な顔で再び話し始めたからだ。


 「学校へ戻ってはいけないんですか?」


 「今日は休んだほうがいいかもしれない」


カーライルはそう指示を出した。


 彼女は僕をちらりと見た。


 「エドワードは学校に戻るんでしょう?」


 普通を演じろ、穏やかに事を進めろ…彼女の瞳に僕の姿が映ったと思うと、その考えは消えた。


 「誰かがいい知らせを広めないと。僕たちの命は助かったてね」


僕は言ってやった。


 「それはいいが」


カーライルが僕をたしなめた。


 「みんな待合室で待っていると思うよ」


 僕はこの時のベラの反応を予想していた―――この手の心遣いを苦手とするはず。


 「ああ、ウソでしょ」


ベラはうめき声をあげ、顔を両手で覆った。


 僕はついに彼女の反応を正しく当てることができて驚いた。僕はベラを理解し始めている…。


 「このまま、ここにいる?」カーライルはたずねた。


 「いいえ、いいです!」


ベラは急いで答えてベッド脇に脚を投げ出し、滑り落ちるように床に足が着いた。彼女は前によろめいて倒れそうになり、カーライルの腕に支えられた。彼はしっかりベラをつかまえた。



 また、嫉妬心が僕の頭の中でうずまく。


 「平気です」


カーライルが何か言う前にベラは言った。ベラの頬はほんのり紅く染まっている。


 もちろん、それはカーライルを悩ませるようなものじゃない。彼はベラのバランス感覚を確かめて、腕から降ろした。


 「痛むようなら、市販の鎮痛剤を飲んでみて」


彼は指示を出した。


 「そんなにひどくは痛みませんから」


 カーライルはカルテにサインをしながら、微笑んだ。


 「君は極めて幸運らしいね」


 ベラはわずかに表情を戻し、きつい目を僕にむけた。


 「エドワードが私のそばに立っていたから、幸運だったんです」


 「おお、そうか」


僕が聞き取ったことと同じことを聞いて、カーライルは即座にうなずいた。疑いははれたのかな。いや、まだだ。



 ―――お前に任せる


カーライルが心の声で語りかけてきた。


 ―――お前が考える最もよいやり方でやってみなさい


 「感謝してもしつくせません」


僕は素早く静かにささやいた。聞き取れる人間は誰もいない。カーライルは、タイラーのもとへ移動しながら、僕の皮肉にほんの少し唇を上げた。


 「お前がほんの少しでも長く私たちと過ごす気なのかと思うとこわいよ」


車のフロントガラスによって負傷したタイラーの左側の切傷を診察しはじめる前に、カーライルは言った


 僕は混乱させられた。そのようにふるまえと公平な扱いを受けただけだけど。


 ベラは僕のほうにゆっくりと近づき、近すぎて気詰まりするくらいにまで寄ってきた。混乱以前に、僕はベラへ期待していたことを思い出した。彼女が僕に近づいてきてくれたら・・・。でも、これは僕の願いをあざ笑うものだった。


 「ちょっと話せる?」


ベラは僕に小声で鋭く言った。


 彼女の温かい息が僕の顔をなで、僕は一歩後ずさりしなくてはならなかった。彼女の態度は少しもやわらかくない。彼女が僕のそばに来るたびに、僕の最悪な部分である切迫した本能の引き金を引く。毒液が口の中に流れ出し、身体が襲おうと求めてくる―――この腕で彼女をひねりあげ、彼女の首すじに僕の歯を突き立てる。


 精神の方が身体の欲求より強かったが、でも今だけだ。


 「お父さんが待っている」歯を食いしばりながら、ベラにそれを思い出させた。


 ベラはカーライルとタイラーのほうに視線を走らせた。タイラーはまだ手当てを受けておらず、僕たちを見ていた。カーライルは僕の呼吸ひとつひとつ全てを監視していた。


 ―――気をつけろ、エドワード


 「あなたさえよければ、二人だけで話がしたいの」


ベラは低い声で強気に言ってきた。


 僕の心を全て彼女に打ち明けたかった。いつかはこれをしなくてはならないと思った。それで僕は仲良くやっていけるのかもしれない。