僕はこのフォークス高校で2年間、人間のそばにいる。


 僕の瞳の色の変化をしっかり記憶して、尋問してきたのは彼女が初めてだ。たいていの者は、僕の家族の美しさに見とれている間、僕らが視線に気付いたとたんに視線をはずしてしまう傾向がある。彼らはびくびくして視線をそらすことで、本能的に理解できない存在から身を守ろうとし、僕たちの容姿の細部までは見れない。無知は人間の心に祝福をもたらす。


 では、なぜベラは僕をそんなに観察できたんだろう?



 バーナー先生が僕たちの席に近づいてきた。先生が近づいて来たことによって彼女の香りに満たされた空気が変わり、ありがたいと思った。



 「さて、エドワード」


バーナー先生は、僕たちの実験用紙に書かれた答えをざっと見て言った。


 「イザベラに顕微鏡をのぞかせてあげようとは思わないのかな?」


 「ベラですよ」


僕は反射的に先生に訂正を求めた。


 「実際に、彼女は5枚のうち3枚は確認しましたよ」



 バーナー先生はベラの回答をみて疑っている。


 「君は前の学校でこの実験をやったのかね?」



 僕は少し困ったように微笑むベラの笑顔を見て、その様子に夢中になってしまった。



 「タマネギの根ではなかったのですが」



 「白身魚の胞胚とか?」


 「はい」



これには先生を驚かせた。今日の実験は、彼にとってはより進んだ課程だったのだ。先生はベラに思慮深くうなずいた。


 「フェニックスでは上級クラスをとっていたのか?」


 「はい」


 彼女は上級クラスをとっていた上に、人間にしてはかしこい。僕は驚かないけどね。


 「ふぅむ」


バーナー先生はすぼめて言った。


 「この二人が実験のペアで良かったと思うよ」


先生は向きをかえ、ぶつぶつ言いながら去っていった。


 「他の生徒たちは、自分で何かを学ぶチャンスがないんだよ」


彼のため息とともに漏れた声が聞こえる。ベラにこれが聞こえたかは疑わしいけど。彼女はまたノートに円を殴り描き始めていた。


 僕の2つの失態は30分でどこかに遠くに行ってしまった。それにしても、とても自分が情けない。


 彼女が僕のことを考えてるなんて全く思えないけど―――どんなに彼女は怖かったのか、どこまで彼女は気付いたのか?―――僕の新しい印象で、ベラに与えた以前の印象を払拭する方向へ持っていかにと。先週彼女に見せてしまった獰猛な僕の記憶を。


 「雪がやんで残念だったね」


他の生徒達が論じあっているのが聞こえたから、小声でささやいた。うんざりするような、お決まりの会話のテーマ。天気の話題は―――無難なところだから。


 ベラは分かりやすいほど疑った目で僕をみつめた―――僕のお決まりの文句に異常な反応だった。

 

 「全然」


また僕を驚かせた。


 使い古された手でもう一度会話をしてみよう。ここはアメリカで一番雨の多い地域で、ベラは天候の良い温かい地方の出身―――にもかかわらず、彼女の肌は色白でどこの出身か考えさせられる―――だから、寒さには堪えているはずだ。


 「寒いのは苦手だろ?」


 「というより濡れるのもかな」


彼女はうなずいた。


 「フォークスは君が住んでいたところとは違うからね」



 ―――君はここに来るべきではなかったかもしれない。


そう付け加えたかった。


 ―――君にふさわしい場所に戻るべきかもしれない。


 はっきりとは、そう望んではいないが。僕はこの先、いつも君の血の香りを思い出すだろう―――君の後をついていかないとは保証できない。もしベラがそばから離れれば、君の心は永遠に謎のままだ。絶えず続くだろう、やっかいな難問だ。


 「あなたは分かってない」


ベラは渋い顔をしながら、低い声で言った。


 その答えは予期してなかった。もっとベラに質問したくなった。


 「なら、どうしてこの町に来たの?」


くだけた会話ではなく、声の調子が非難めいたのが分かるくらい強気に聞いてみた。この質問はぶしつけに詮索する印象を与える。


 「それは…、複雑な事情なのよ」


 ベラは話題をそらしたそうに大きな目をまばたきさせた。僕はもう少しで好奇心を爆発―――咽喉の乾きと同じくらいの熱さ―――させるところだった。僕は呼吸が少し楽になっているのが分かった。激しい苦痛に慣れてきたのか、 耐えられるようになってきた。


 「僕なら話についていけると思うけど」


言い張ってみる。一般的な丁寧な言葉でも、彼女が答えるまで、ぶしつけな質問をした時とおなじ間を与えた。


 ベラは黙ってうつむき、自分の手を見つめていた。これにはイライラさせられた。


 ベラの瞳から心を読み取りたくて、彼女のあごの下に触れ、顔を上に向けさせたくなった。