教室の入り口で最後に大きく息を吸い、肺に留めながら暖かい中へ入っていった。



 時間は間に合った。バーナー先生はまだ今日の仕事にとりかかっていないようだ。ベラは僕の―――僕たちの席に座っている。またうつむいて、ノートにイタズラ描きをしていた。彼女に近づこうと絵をのぞき見したら、彼女のそのつまらない創造力にすら興味を持ってしまった。くだらない絵なのに。本当に円の中に円を描いた適当なものだった。もしかして特に図案は考えていなかったのかも、でも何かは考えるだろう?



 僕は意味なく乱暴にイスを引いて、リノリウム材の床に引きずった跡を残した。誰かが近づいてくる事を音が知らせてくれると、人間はたいてい安心する。


 彼女はこちらを見上げなかったが、線がゆがんで円が崩れたことで、彼女はその音を聞いたんだと分かった。



 なぜ、僕をみないんだろう?多分、彼女は怖がっている。この時間内に違った印象で忘れさせないと。以前の出来事の印象が、彼女にそうさせたのか。



 「やあ」


 人間を、より安心させるためにいつも使う静かな声で話しかけ、唇で牙を見せないように礼儀正しく微笑んだ。



 それから彼女は僕をみあげ、大きなブラウンの瞳は驚いて―――うろたえていると言ってもいい―――いて、そして疑問に満ちていた。先週、星空の下で僕の考えを妨害したあの表情だ。


 この奇妙な深い色の瞳を見つめていると、嫌悪感が―――この小さな存在に何らかの価値があると考える自分が嫌だった―――消えていくのがはっきりと分かった。呼吸はしていないし、匂いも分からない、今の僕なら誰かにやられそうな程に隙だらけだ。



 彼女の頬が紅く染まり、何も言ってこない。



 深い疑問だけに集中して彼女を見続け、肌のおいしそうな色は考えないようにした。空気を肺まで入れないように、長い時間話せるように呼吸をした。



 「僕はエドワード・カレン」


 彼女はもう知ってるだろうけど、僕は名乗った。初対面のように礼儀正しく。


 「先週、自己紹介できなかったから。君はベラ・スワンだね」



 彼女は混乱しているようだ―――少し眉をひそめたから――彼女の返答までに30秒かかった。



 「どうして私の名前を知っているの?」


 彼女は強く尋ねてきた。少し声が震えてる。



 彼女を怖がらせてしまった。やましさを感じる、彼女は無防備だから。僕は紳士的に笑った―――僕は人間の心を読んで、簡単に君の名前を知ったからね。もう一度、牙に注意を払った。


 「みんな君の名前を知っていると思うよ」


 この退屈な変化のないところでは注目の的であることを、彼女は理解しなくてはならない。


 「町の誰もが君の到着を待っていたんだよ」



この話が不快に思えたのか、ベラは眉をひそめた。まるで注目されて彼女が悪くとらえられているかのような、彼女の内気さに僕は驚いた。多くの人間はこれと正反対だ。彼らは群れからは目立ちたがらないが、スポットライトは欲しがるんだ。



 「そうじゃなくて」


ベラは言った。


 「私が言いたいのは、どうしてあなたが私をベラと呼ぶことを知ってるのってこと」



 「君はイザベラの方がいいの?」


そう訊ねたが、この質問はまずかった。僕は分かっていなかった。確かに彼女は転入初日に、何人かにはベラと呼んで欲しいと言っていた。読心術なしで、全ての生徒がこれを知ることはできないだろう?



 「ううん。ベラの方が好き」


ベラは答えながら、少し首をかしげた。この動きは―――もし心が読めれば―――当惑と混乱で僕を悩ませた。


 「でも、チャーリー―――パパの事ね―――私がここに来るまではイザベラと呼んでいたのよ。なのに、ここのみんなが私の呼び名を知ってるなんて」


ベラの顔色が悪くなった。



 「ふうん」



 僕は気まずそうに声を出し、彼女から急いで視線を外した。



 この質問が何を意味するのか、僕は理解すべきだった。うっかり口を滑らせた―――失敗した。初日に全生徒の話を盗み聞きしていなかったら、僕は他の生徒同様に、彼女のフルネームで最初の挨拶の言葉をかけたはずだ。まだ彼女は異変に気付いていない。


 不安がこみ上げてくる。僕の失態を見つける彼女は目ざとい。僕に近づきすぎて怯えていた誰かさんには見えない。



 でも僕は大きな問題を抱えている。僕は全てにおいてうさんくさくて、ベラは心を閉じているのかもしれない。



 肺の空気が外に出てしまった。もう一度ベラと話したいなら、空気を吸わなくてはならない。


 会話を何とか避けないと。ベラには悪いけど、君はこのテーブルでの実験の相棒であり、今日は一緒に授業を受けなくてはならない。変と思われようが―――理解できないくらい無礼に―――実験の間は無視しなくてはならない。より疑うだろうし、怖がるだろうな。

 彼女から離れるこように、席を動かさずに頭を通路側に向けた。身を引き締めてイスに体を固定し、空気の固まりを一気に口で吸い込んだ。



 うわっ!


 まさに苦痛としかいいようがない。彼女の香りを感じてないのに、舌で彼女を味わうことができた。不意に咽喉がまた炎のように燃えた。先週、彼女の香りを捕らえた最初の時と同じように、わずかな香りで彼女の血を渇望した。


 歯をぎゅっとかみしめて、何とか気を落ち着かせよう。


 「さあ、やるぞ」


バーナー先生の授業が始まった。