世に溢れている知育グッズ。
謳い文句に「ごもっとも!」と思い、買い与えてしまう経験、誰しもがお持ちの事でしょう。(もしくは爺婆が与えているかもしれませんね)

脳科学的(かよこ婆ちゃん曰わく)には、手を動かしたり、幼児言葉を使わない方が良いなど制約があるみたいです。これは正しいと低学年から高校生を見ていて痛感します。
先のブログ中に書いたことですが、手をよく動かす子、集中していれば何も気にならない子は、総じて頭がよい傾向にあります。

我が家の愚息には、積み木を与えて、積み木と同じ形の穴を選択させ入れさせたり、ドアの開閉やスイッチの切替などを真似させ…と実践しています。
驚くほど覚えるので、やはり良いことなんだと実感しております。
賛否があるとは思いますが、いわゆる【勉強のできる子】は一定の共通点があると思います。以下私が見てきた何百人という小学校低学年の子どもたちから得た、勉強のできる子はこうだ!(苦しいネーミングセンスですが…)を書かせていただこうと思います。

①集中しているときは周りに影響されない。
雑音が聞こえないようにも感じます。肩を叩くまで集中しています。
人の言うことを聞かない!と誤解してはいませんか?伸ばせるだけ育んでいただきたいです。
②手本を真似る能力が高い。
絵でも字でも計算でも、真似るのが上手い子は、伸びる力を秘めています。
③机の上から鉛筆や消しゴムを落とさない。
無論使用していないで置いてあるものです。集中しているのでは?と①と混ざる部分が一見ありそうですが、違います。集中していれば、ほとんど動きませんので落とす要素はありません。
④手(鉛筆)を動かす量が多く、消しゴムを使う量が少ない。
処理能力が高い子の可能性が高いです。例えば算数なら、どこに式を書いたか明らかであり、間違えた箇所はバツをする。そんな子です。
⑤ものを書く、見る、読む際に利き腕ではない手を添えたりする子
ミスをしない子になります。大人の世界でいうところの指さし確認が自然と出来ている子です。

最後補足ですが、近所や身内の高齢者と会話ができる子は、大概の場合物わかりの良い子が多い傾向にありました。

漢字の量や計算の量は、全くと言って良いほど強制しなくとも頭がよくなるものなんですね。
数式や暗記ではなく、脳みそを使う感覚ですね。
いかがでしょうか。
今から書かせていただくのは、受験に際し、皆が受けていくであろう各種模試での合格指標(偏差値)のことです。

それに対する市場の意見とは何か、考えさせられる事がありました。
私が某ファミレスで高校入試予想問題の骨格を作成していた時のことです。親子の団体と隣になったことがあります。
そこの会話を盗み聞きしたと解されては嫌なので、一応聞こえた、程度で箇条書きします。

①『Sの偏差値はNのR4よりも合不合よりも低くでるから信憑性がある。』
②『前2回分が良いから今回の結果は気にしない。※※さん家が去年この偏差値で合格しているし。』
③『※※の●●先生ってすぐに偏差値を上げてくれるらしいよ。個別指導をお願いできるかしら。』

まぁ、要約すればこんな話を堂々巡りという感じでした。

気になったのは、偏差値に現状を惑わされ、模試の意図を何も掴めていないのではないかということ。

①偏差値の信憑性は受験母体が大きくなければ低い。難しい問題を並べりゃ、基準偏差など塾側の戦略からどうにでも操作可能ですしね。
②偏差値は瞬間最大風速に過ぎない。それよりも模試から学ぶべきは、出題傾向や自身のミスでしょう。
③毎年劇的に変化をするものなのに、それは酷い。何よりも子どもは唯一無二な存在であるからして、同じ様にいくことは無い。

色々と市場は悩み、頑張っているのだと痛感した。
やはり情報戦は良いこともあれば嫌なこともある。両刃の剣ですね。