・宇宙用機動狙撃仕様量産型I=D“エバーライト”

――宇宙(そら)を駆ける機動性、ハリネズミのような武装、薄っぺらな装甲…。これ、トモエ?
――フシミ藩王、設計コンセプトを眺めて一言。


/#計画概説/


要件定義=大量配備が可能な宇宙用量産機。
→現在、帝國における宇宙戦の主力は、一部のハイエンドモデルと無人機によって担われており、
大規模な戦線展開や機動的な戦闘が困難であるという実情があった。

これに対し、宰相府及び帝國軍は、帝國諸藩における大量配備を前提として、
生産・整備の負担を抑えつつ、現在予想される戦闘に耐え得るI=Dの開発を発案、
吾妻個人工廠(以下、当工廠)がこれを受注した。


当工廠ではこの計画を受け、量産型宇宙用高機動I=Dのコンセプトモデルを設計、提案を行った。


・当工廠開発コンセプト資料

このモデル設計に対し、当工廠は以下のコンセプトを盛り込んだ。


1.高機動性
→極めて広範囲に及ぶ宙域戦闘において、機動力不足は戦力として使い物にならない事を意味する。
その為、トモエリバー以来の帝國汎用I=Dが持つ機動力と航続距離をベースラインとして設定した。


2.軽装甲
→要件定義にもある通り、大量生産・配備が前提となっている機体である為、装甲は出来る限り削られ、
換装や整備負担がかなり軽減される設計となった。
この負担軽減に加え、機体重量が軽減する事によって、航続距離、燃料消費、瞬発力など、
高機動性にアドバンテージを加える事も出来たのである。


なお、この仕様を補うものとして、増加燃料装備の運用を前提としたマウントが各部に設計されている。
これにより、短所である軽装甲を補いつつ、長所である高機動性に航続距離を付加するのである。


3.遠距離戦仕様
→前2項のコンセプトにより、このコンセプトモデルは双方必中距離における打撃戦には適さない仕様となった。
その為、高機動性を活かし、状況に応じた優位なポイントを確保、アウトレンジからの砲撃戦を仕掛けるという、
機動狙撃戦を主眼においた機体コンセプトが完成したのである。


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――ここに、計画は始動する。

開発コード“悠久の光輝(エバーライト)”
プロジェクト名“明けの明星”。


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――主武装の名前、何か良いの無いですかねぇ…。
――吾妻、設計中の呟き。(実話)


#性能緒元


・機体フレーム

当機体は、生産ラインにおける生産効率と整備効率の高さを第一優先事項として設計されている。

その一つが、換装を前提とした機体フレーム構造である。
これは、機体コアとなるコックピットブロック、両腕部、両脚部の計5部位(デバイスを含めると6部位となる)

に分けて、生産・整備を行う事が可能となっている。

これにより、生産・整備ラインを部位別に分業化できる他、
戦闘時に部位が破損した場合でも、破損部位を切り離し生存率を高めたり、
整備の際、破損部位を直接交換する事で整備効率を高める事が可能となったのである。

このフレーム構造には、星鋼京が開発した機体であるブルドックのアタッチメントシステムが流用されており、
剛性を始めとする信頼性は、十分戦闘に耐えうる程高い物であった。


更に、宇宙機としての発注である事から、機体各部の間接部は大幅に簡略化された。
宇宙においては、移動の大半を機体各部のブースターに依存し、歩行等の間接を使用した行動は

ほとんど無いと言って差し支えない為である。

その為、ブースター全開時の機体マニューバは、

さながら航空機のように高速度域に対応したものとなっている。


無論、その人型という特性を活かし、ブースターを小刻みに使う事によって精密な機動を描く事も可能である。
この機能は、殊、アステロイドベルトやデブリ帯等の障害物が散在する戦域において高い有効性を示す事が、
歴代帝國宇宙用I=Dの集積したデータによって証明されている。


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生産効率向上のもう一点の要として設定されたのが、軽装甲化である。


当機体の装甲は、標準装備としては、人型の弱点となる箇所(肩、腕、胴体、脚部)を覆う最低限の装甲を残し、残りは全てオミットされている。
更に、装甲そのものも、機体フレームと一体形成の簡易なものであり、

ハイエンドモデルが持つ様な重装甲と比しては、お世辞にも堅牢な装甲と言えるものでは無かった。


しかし、それはあくまでもハイエンドやワンオフモデルと比しての話である。
機体フレーム全体の剛性は、十分宇宙での高機動戦闘に耐えるものを有しており、
機体運動だけの話をするなら、コックピット内のパイロットが原形を留めないほどの無茶な運動をしても、
機体外装及びコックピット内部には、ヒビ一つ入る事が無いほどの剛性と強靭性を持ち合わせている。


また、装甲についても、当然の事ながら戦闘用として最低限の攻撃に耐えうるだけの強度は持ち合わせている。
その上で、一体形成を行う事によって、生産効率を上げ、作業工数を抑える事を可能としたのである。


過去、数々のI=Dを作り上げてきた星鋼京のノウハウ、高い精錬技術、

そしてそれを支える職人たちの情熱が、形にした功績であった。


――最高精度の技術を以って、最高水準の物を開発するのではなく、高品質の

物を低コストで大量に供給出来るようにする――


それは、技術躍進が大量生産という形で恩恵をもたらしたケースであった。


この軽装甲化措置によって、生産や整備に掛かる負荷はかなり軽減された。
更に、従来型の共通機生産に関するノウハウも、かなりの部分が流用できる等、
生産・整備効率の向上について綿密な計画が行われた結果、
従来型の共通機と比べてもさほど遜色の無い量産体制を構築する事に成功したのである。


それだけでなく、この軽装甲化措置によって機体重量をかなり軽く抑える事が出来た為、
機動力、ブースター効率、航続距離において大きなアドバンテージを得る結果となった。

この軽装甲化は、結果として当機体を支える大きな柱と言って良いコンセプトとなった。


――しかし、砲戦という攻撃の性質上、相手の砲火にさらされる可能性が0になる事は無い。


それ故、この軽装甲が不安要素として拭い去れない物である事もまた事実であった。


だが――。
開発陣は、それを覆しうる一つの答えを、当機体に仕込んでいた。


増加燃料装備。


星鋼京が藩国を挙げて開発した、読んで字の如く、搭載燃料を増加させる装備である。


しかし、この装備にはもう一つの特徴があった。

それは、堅牢な装甲である。
元はと言えば、剥き出しの外部燃料タンクという性質上戦闘時の着弾による引火・爆発の危険性に備え、
可能な限り頑強な装甲を持つタンクを開発しようという試みの下、計画されたものであったのだが、
完成してみれば戦闘においてかなり有効な防御装甲としての側面を持つに至った、

という複雑な経緯を持つ特徴である。


――開発陣は、そこに目をつけた。


“元が薄いなら、足せば良いじゃない”


一説に拠ると、星鋼京藩王 セタ・ロスティフンケ・フシミ男爵と、星鋼京技族統括代行 木曽池 春海女史が、
向かい合いながら凄まじい笑顔を浮かべ、見事なユニゾンを奏でたとされるこの言葉

――その真偽について、筆者は何も知らない――


を合言葉に、当機体の各部には、
増加燃料装備の装着を前提としたステーションが配備されたのである。
このステーションは、実際に増加燃料装備を装着した際、

機体可動性を損ねないよう計算されて配備されており、

且つその装甲の恩恵を最大限受けられる設計となっている。

これによって、当機体はその不安要素である装甲を補いながら、

航続距離を更に高める事が可能となったのである。


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・コアフレーム(コックピット部)


頭部からコックピットに掛けての部分を、当機体ではコアフレームと称する。
他部位との結節点であり、文字通り機体の“核”となる部分である為だ。


搭乗者は、メインのパイロットの他、コパイロット2名を必要とする。
これは、宇宙という広域且つ3次元の拡がりを持つ空間において、高速度の戦闘を繰り広げる際、
操縦の他、火器管制、通信、索敵といった各種作業を一人の搭乗者がこなすのは、
如何に戦術コンピューターによる補助がついても、

あまりに非現実的な作業であった為、採用された措置である。
それ故、作業分担は、攻撃から防御、回避までの機体操縦を一任されるパイロット、
情報収集、通信、索敵を一手に担う索敵手(シーカー)、
火器管制を担当する火器管制官(ファイア・コントローラー)、
という分担が一般的である。

但し、インターフェースはカスタマイズ可能となっており、
搭乗者の技術レベルや実働レベルでの作業分担によって様々なインターフェースを構築する事が

可能になっている。
これは、当機体が量産機であり、搭乗者のレベルに左右されず、一定以上の性能を引き出す事を目的として

開発された事を示す好例であろう。


搭載されているOSは、現在軍用に流通しているI=D用統合型OSの最新バージョンをベースとして、
遠距離戦に重点を置いた仕様にカスタマイズされた環境を採用している。

観測機や照準を保護する為にも、ソフトキル対策は重点的に組まれている。

観測機やセンサー、レーダー等は宙域遠距離戦を前提としている事もあり、かなり高品位の物が求められた。
これに対しては、フェイク3を始めとする宇宙対応型の共通機が持つセンサー等を技術流用、

改良する事によって、高品位且つ低コストのシステムが開発される運びとなった。


特に、フェイク3に採用されていた背景輻射ソナー、スペクトル偏移観測機、電波式レーダーを組み合わせた

複合索敵システムは、旧式ながら高い性能を持っていた為、現行技術への最適化を図るだけで、

ほぼそのまま流用出来た。


これらのシステムは、OSを介してデータリンクを図る事も出来たが、基本的にはスタンドアローンでの運用を
前提として設計されており、単独でも自機の戦闘範囲を十分以上にカバーする事が出来た。
これによって、必然的にソフトキルへの防御もより強固なものとなったのである。


コアフレーム自体の剛性は、当機体中で最も強固に設計されている。
これは、搭乗者が乗り込むスペースであり、その防御に重点が置かれた事もさる事ながら、
エネルギー産生炉やジェネレーター、制御系等の一切が搭載されており、

文字通り“中枢(コア)”となる箇所であった為である。

つまり、他部位をパージしながらある程度の行動が可能であるという事は、
逆説的には、コアフレームがやられれば即撃墜、という意味を根本的に内包していたのである。
とは言え、どんな機体であろうと搭乗者の近傍に損傷を受ければ、

それが致命的な一撃になる事にあまり違いは無く、
防御措置を必要なポイントに集約するという取捨選択が必要な機体にとっては、

上手くまとめ上げた好例として良いであろう。

その設計思想には、衝撃を拡散させるフレーム構造、弾殻の入射角を浅くさせる対弾設計、
レーザーの威力を減殺させる鏡面加工など、

基本的且つ低コストながら高い効果が期待できる構造を積極的に採用している。

特に、後述する攻撃型デバイスは非常に強力な磁場を発生させる事から、

対磁コーティングに関しては細心の注意が払われている。
これによって、搭乗者の心身はもちろん、機体内部の精密部品も完璧に保護される事となった。
無論、素材についても宇宙用戦闘I=Dとして標準的な素材を使用しており、安全性に問題は無い。


このように、当機体の中核を為す機能を極めてコンパクトにまとめたコアフレームであるが、
殊、居住性に関してはお世辞にも良いとは言えない仕上がりとなっている。
無論、エネルギー産生炉やジェネレーター等の重要機構やコックピットは、それぞれ個別にパッキングされ、
干渉が起きないよう最大限の安全措置が図られている為、安全性に問題は無い。
しかし、それ故コックピットの広さがある程度まで制限されてしまった事は、致し方無い事であった。


また、脱出装置に類するものについては搭載が見送られている。
計画途上では、コアフレーム自体を簡易航宙機として自力での脱出・帰還を可能とする機能が

考案されていたが、単機当たりのコストが跳ね上がる事によって、

大量生産という目標が果たせなくなる事から採用が見送られたのである。

その代わりとは言い難いが、コアフレーム単独でも搭乗者が生還可能なように、
生命維持装置や超広帯域SOSビーコン等が緊急装備として搭載されている。


現行の設計において、コアフレームに出来得る限りの生存性を持たせているのは、
その機構を盛り込めなかった分、搭乗者の生存率を少しでも上げようとするせめてもの配慮であると、

ある開発関係者は語る。


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・腕部


当機体において、各主要コンセプトが最も如実に現れた部位が、この腕部パーツという事になるであろう。

“手”に当たる部分には、従来型の戦闘用I=Dにはほぼ一般的に搭載されていたマニピュレーターは無く、
デバイス接続用のステーションが直接搭載されているのみである。
また、肘、肩部に当たる各部関節も、従来機と比して大幅に簡略化されており、
腕部パーツだけを見た場合、人間型と言うよりは、作業機械然としたデザインとなっている。


しかし、これは従来機と比して性能が低い事を意味するものではない。
むしろ、“戦闘用量産型宇宙機”というコンセプトを忠実且つ高水準で実現する事を目指して

たどり着いたデザインである。

従来機における手部マニピュレーターは、人間の手先をかなり忠実に再現しており、
精緻な作業にも対応出来るだけの高精度な物である。
しかし、その用途を戦闘用に限った場合、精緻な作業が要求されるケースはかなり限定される為、
オミットする事によって起こり得る問題は、事実上無いと言って差し支え無かったのである。


むしろ、マニピュレーターをオミットする事によって、生産コストや整備の負担が軽減するメリットの方が、
当機体の目指すコンセプトにとって重要であった事も、このデザインを採用する上で大きなファクターとなった。


また、実戦用途の上でも、マニピュレーターのオミットは重要な意味を持っていた。
前述の通り、マニピュレーターは精緻な構造を持っており、多彩な武器運用を可能としている。
しかし、その精緻な構造故に、戦闘時の衝撃で破損・故障してしまう可能性が常に付きまとっていた。
マニピュレーターの破損は、戦闘時であればそのまま武器運用能力が著しく低下、

最悪の場合、戦闘不能となる事を意味する。

その不安要素に対し、マニピュレーターをオミットする事によって、

不安要素そのものを払拭する事に成功したのである。
武器の運用については、後述する専用の攻撃型デバイスを併せて開発し、
ステーションからの信号によって運用する仕様とする事で問題解決が図られた。
また、精密な作業能力については、機体そのものの用途を絞り込む事で、

問題無く運用可能であるという結論に至ったのである。


肘、肩部の関節部分が簡略化されたのも、このマニピュレーターがオミットされた理由に順ずるものである。
これによって、腕部パーツの生産・整備効率は大幅に向上した。
また、構造が簡略化される事によって、パーツそのものの剛性・信頼性も大幅に向上したのである。


この項の説明において重要なポイントとなるのが、簡略化とは言っても、その性能が低下するものではない、

という点である。

元々、関節部やマニピュレーターそのものは、従来型I=Dの段階で十分以上の高性能を誇っていた。
当プロジェクトでは、その性能を維持しつつ、如何に構造を簡略化し、コストを低減するか、
という命題の下に開発が進められたのである。
その為、関節部の駆動速度やレスポンス等については、従来機と比して遜色は無いのである。


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・脚部


脚部もまた、当機体を象徴する特徴的な部位となっている。
そのデザインは腕部と同様、人型とはおよそ言い難い外見となっている。
膝部や足首等の関節部は大部分が簡略化・オミットされており、その直線・鋭角的なシルエットは、
I=DというよりはRBを彷彿とさせる仕上がりになっている。


これは、宇宙機という開発コンセプトの下、関節を駆動させる“歩行”は根本的に必要無いとの判断から、
歩行に必要とされる各関節を簡略化した為である。


その代わり、脚部に求められたのは、宇宙を“疾駆する”機能である。
即ち、瞬間的に最大出力を発生させ、自由な制御を可能とする強力なスラスターユニットとしての機能である。
そこで試みられたのが、フェイクトモエリバー3(以下、FTR3)の主ブースターを改良、
脚部パーツへ使用するというものであった。
開発当初は、その余りにも突飛な計画に異論が続出したこの“暴挙”であるが、
実証を進めるうちに、FTR3の主ブースターが高い完成度を持っており、

その技術流用を行う事で、開発期間を大幅に短縮でき、安全性・信頼性も高いユニットが完成出来る事、
それに伴い、開発コストが大幅に低減でき、既存生産ラインを存続させたまま転用する事が可能になる事、
そして性能も及第点以上の高水準を確保できる事が証明され、この計画が採用される事となったのである。

これによって、当機体は文字通り宇宙を“駆ける”機動性を得る事となった。
それも、従来機とは一線を画す程に強力な機動性である。
改修によって多少出力を落としたとは言え、FTR3の主ブースターを双発で装着したような物であるから、

無理からぬ話である。
全推進力を傾注しての最大戦速では、全装備状態でもFTR3を凌駕する速度を記録している。
更に、脚部スラスターユニットへ改修されるに当たって、

複雑なマニューバにも対応出来るよう、補助推進口も数箇所に渡って配置された。


この様に強力な推進力を発生させる為、本来であれば機体エネルギー消費が不安視される所であるが、
当機体については、これをクリアする秘策があった。
それが、FTR3の主ブースターを改修するもう一つのメリットでもある、独自の燃料ユニットである。
元来、FTR3の主ブースターは、宇宙用ブースターとして開発された物であり、
ブースターユニットは燃料タンクを含めて一体形成されていたのである。


これによって、機体の負担は大幅に軽減される他、
燃料を使い切った際、デッドウェイトとなる脚部スラスターユニットを切り離すという戦術も

成立するようになったのである。


無論、燃料タンクを独自に持つ事から、被弾時に引火・爆発の危険性を持つ事は明白であり、
その防御措置は可能な限り厳重に施される。
大型化した脚部は、コアフレームに次いで厳重な装甲が施された事の証でもあるのだ。
また、脚部被弾時は、脚部の緊急パージを行い、機体の安全を図る事も可能なよう設計されている。
各部のパーツが換装可能であるメリットは、ここにも活きているという訳である。


こうして、地上で運用されるI=Dとは一線を画す機能を有するに至った脚部であったが、
人型に近い形状である以上、機体の重心を支えるという役割を失った訳では無かった。
むしろ“足の踏み場の無い”宇宙において、

それでも機体を支える重心であろうとする思いがこの脚部を生んだのか、その議論は、ひとまず置いておく。


ともあれ、機体を支えるパーツとして設計されたこの脚部に搭載されたのが、
収納可能な離着艦用ランディング・ギアであった。
離着艦用ランディング・ギアとは、宇宙空母やステーションからの出撃、もしくは帰投する際、
カタパルトに機体を固定する為の装備である。
スムーズな離着艦には、当然のように不可欠な装備であった。

また、砲撃態勢に入る際、足場となる小惑星等にこれをアンカーのように打ち込み機体を安定させる、
という用途にも使用可能な設計とされた。


また、脚部にも増加燃料装備用のステーションが配備されており、

装甲と航続性能の強化が図られる事が計画に織り込まれている。
様々な面から当機体を“支える”パーツである脚部ならではの措置、と言った所だろうか。


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・デバイス


ここまでの解説において、何度か上がった“デバイス”という呼称であるが、
これは、当機体の“手”に相当する部分である、デバイス支持用ステーションに装着される装備の事である。

マニピュレーターで直接支持するよりはるかに簡易であり、強度の面にも優れる事から、

この方式が採用される事となった。
また、安全装置の解除やトリガーをステーションからの信号制御で行う事によって、
誤射の危険性を防ぐ等、安全性も大きく向上している。
唯一、ソフトキル等による危険性が指摘されていたが、本体及びデバイス自体のソフトキル対策によって、
それも可能な限りの対策は取られている。

現段階では、主武装となる攻撃型デバイス1種類のみが開発されているが、実際の所、
このデバイス支持用ステーションの規格をクリア出来るデバイスであれば、

様々な装備が可能となっている。
つまりは、このステーションに対応したマニピュレーターを開発すれば、

当機体でもマニピュレーターが使用可能になる、という汎用性も秘めているのである。
ただ、現状ではそのような用途での使用が考慮されていない事から、デバイスの開発は進んでいない。
ただ、当機体が以降、どのような役割を求められるかによって、

様々な展望が望める事もまた、事実である。


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→複合攻撃型デバイス“Halbert”


現段階における、唯一のデバイスカテゴリに分類されるパーツである。
メインとなる兵器には“重粒子弾頭電磁加速投擲システム”…いわゆるレールガンを採用している。
これは、読んで字の如く、電荷を帯びた重粒子弾頭(※)を亜光速にまで電磁加速、

標的目掛けて投擲するシステムである。
原理としては、投石器のSF版と言った所であろうか。

しかし、その射程と破壊力は、当然凄まじいものとなっている。
有質量の弾頭を亜光速にまで加速して飛ばすのであるからして、直撃しよう物なら、
並みの装甲であれば簡単に破砕出来る。
また、使用するのが有質量弾頭である事から、至近弾であっても、その速度と質量ゆえに、
潮汐力によって引き裂かれる“ロシュ限界”による破壊も考慮に入れられる為、
その有効範囲が更に拡がる事となった。
有質量弾頭を使用する効果はそれだけに留まらない。
宇宙戦闘において光学兵器が主要兵器として採用されている為、その対策も進んでいる。
(当機体にも、装甲の鏡面化等の対策が織り込まれている)
よって、光学兵器が必ずしも100%その威力を発揮出来ない可能性を孕む一方、
有質量弾頭は、装甲で以って防御する他対策が無い事から、有効性が高いと言えるのである。

また、弾速自体も光速度に近い事から、宙域戦闘における攻撃半径も十分にクリアし、
遠距離砲撃兵器として高い有用性を示す物となったのである。


但し、クリアすべき問題もかなりの数に上った。
かなりの質量を持つ重粒子弾頭を亜光速にまで加速する必要性から、

まず問題となったのが、システムの大型化である。
このシステムは、内部環状電磁レールにおいて重粒子弾頭を電磁加速、

亜光速に達した時点で投射カタパルトに移行し、射出する仕様となっている。
しかし、この仕様では環状電磁レールにある程度の半径を確保する必要があった。
あまり小型化してしまうと、電磁加速中の弾頭に必要な向心力と、

それを振り切って加速する為の電磁力を発生させるだけで、
機体駆動の何倍ものエネルギーが必要となってしまう為である。
また、当然そのような無理な小型化をしてしまえば、

強すぎる遠心力の為に予測不可能な軌道で弾頭が射出される恐れもあった。
その為、当機体に搭載出来るギリギリのバランス調整の結果、現在のサイズに落ち着いたのである。
それでも、機体サイズと比してほぼ同等のサイズという大型兵器となった。


更に問題となったのが、冷却の問題である。
電磁加速という技術は、エネルギーを天井知らずに使用しかねない技術である。
その為、兵器としての単独使用、

即ち、エネルギーの供給、補給が全く期待出来ない条件下で使用する為には、

エネルギー効率の向上が絶対条件である。
その為、このシステムで使用される電磁コイルには、超伝導コイルが使用されている。
しかし、超伝導の運用には、極低温という環境が不可欠である。

この問題をクリアする為の鍵となったのが、宇宙機という限定された環境下での使用という機体要件であった。
宇宙空間は、特定の熱源が無い状態では、背景輻射4K…およそ-269度である。
これは、極低温が必要な条件とされる上で格好の環境と言えた。
宙域によって幅はある物の、大抵の場所で必要とされる極低温環境が整っている事から、
このシステムは運用条件もクリアし、目標とされた効率化が図られたのである。


このように、宇宙以外の環境ではほぼ使用不可能な機構となってしまった当システムであったが、
逆説的には宇宙での使用を前提とする限り、主力兵装として申し分無い性能を発揮する事が出来たのである。

しかし、如何せん大型であるこのシステムは、取り回しにおいてかなり不利であり、
一定以下の距離にまで踏み込まれた場合の戦闘に対応するのが困難である事が予想された。
機体が持つ高機動性を活かし、有利なポイントを確保するだけでは限界があったのである。

また、増加燃料装備の装着が前提として織り込まれている以上、機動力や火力の減少も計算に入れ、
機動性を損ねない範囲での火力増強が求められていたのである。


――そこで開発陣が目を付けたのは、この大型デバイスであった。


機体そのものに火力を上乗せするのは、機動性を損ねる可能性がある以上、避けたいものであった。
そこに、限界まで小型化した着地点が、機体サイズとほぼ同等という大型デバイスの存在である。


――これ以上の吉報は無い――。


攻撃型デバイス開発陣、目配せの一つも無く、

次の瞬間には全く同じ開発思想で固められた幾つかの計画案を提示した。
その開発思想とは、攻撃型デバイス自体の火力増強案…複合型攻撃デバイスの開発構想である。

つまり“デバイスが小型化出来ないなら、それに色々積めば良いじゃない”という発想である。
この構想であれば、機体を調整する事無く、火力の増強を図る事が可能である。
更に、意外にも機体のデバイス支持限界にはかなり余裕があった為、

デバイスの質量が増える事には対応可能だったのである。
こうして、複合攻撃型デバイスの開発は最終段階に入ったのである。


選定の結果、中長距離迎撃用高機動大型連装ミサイルポッド、

中近距離迎撃用マイクロミサイルコンテナの2種類が搭載される事となった。
大型連装ミサイルは、追尾機能を持ち、迎撃対象を可能な限り追尾できるよう、

高機動ブースターを搭載している。
マイクロミサイルコンテナは、その名の通り、マイクロミサイルを満載したコンテナを搭載しており、
使用時にはコンテナごと射出、目標の近くまでコンテナが到達するか、

コンテナに衝撃が加えられた段階でコンテナが炸裂、
内部マイクロミサイルが敵を包囲するように襲い掛かるという仕様である。

いずれも“核を使用しないで宙域戦闘に対応する”というコンセプトの下、搭載されたものであり、
核による制圧範囲をカバーする為にも、命中精度を高める事を重視した仕様となっている。


問題となったのは白兵戦闘機能であったが、超高速で展開される宙域戦闘において、
白兵戦闘の有効レンジにおいて迎撃対象を捕捉する事は困難を極める事から、
白兵戦闘機能はオミットされる運びとなった。


かくして、当機体の主武装となる複合型攻撃デバイスは完成した。
帝國を守護する新たな武器に与えられた名は――、


“Halbert”=ハルバート。

斧槍を意味し、

第7世界において、古くは精鋭騎士にのみその使用を許された長大な武器の名をこの武器に冠したのは、
その巨大な見た目と、相対する者を貫き、或いは引き裂く多面的且つ豪壮な性質に畏敬を込めてのものだと、

開発関係者は語る。


/*/


/#開発後記/

当機体の開発には、もう一つ重要な意味合いがあった。
それは、この開発計画と並行して進められている、もう一つの開発計画のテストベットとしての役割である。
当機体は、宇宙専用として特化した機体ではあるが、量産機としての性能ベースは高水準で満たしており、
高機動機として見た場合も、機体駆動や燃料効率、

コストパフォーマンス等のデータはかなりフィードバックされている。


帝國I=D開発史に、新たな時代を呼び込む一条の光となり得るか。
エバーライトは、静かにその時を待つ――。


/*/


――轟音、閃光、熱波、突風。
それらが、一瞬の内に空間内に充満する。


…まるで戦場の様相であるが、これは新型機の実験における一幕である。


『出力、安定域に入りました』
『了解。スラスター内部圧と熱量に注意して、出力を維持して下さい』
『内部圧、熱量共に安定値です。カウント開始』


10秒、20秒、30秒…1分、2分…。


モニター内には、爆炎を吹き出し続けるスラスターユニットが映し出される。
燃焼時間を示すカウンタが一つ数字を刻む度に、

映像に異常が出ないか、

データに異常を示す値が出ないか、
スタッフの誰かが異常を告げないか…

如何に設計に自信を持てと言われようが、こればかりは論理と実践の違いに嫌と言うほど直面させられる。
テストされているのが、自分自身の心であるように――。


『目標値達成。テストを終了します』
『…了解。お疲れ様です』


目標値である10分を過ぎた頃、何らかの異常が告げられる事も無いまま、予定通りテストは終了した。


/*/


「…はぁー」

気を抜いたせいだろうか、大きな吐息が口をついて出てしまった。


「珍しいな、ため息なんかついて」


耳慣れたハスキーな女性の声が掛けられる。
…ずいぶんぼんやりしていたようだ。気がつけば、職場の前にまでたどり着いていた。
いつもは彼女に働きすぎを注意している身だけに、少し気恥ずかしい。
自然、苦笑いが浮かんだ。


「おっとと。すみません、気が抜けちゃったみたいですね」
「医者の不養生とはよく言ったもんだ」
「はは。いや全く、申し訳ないです」


――これもまた、日課の様なやり取りだった。今日は、多少攻守の逆転はあるものの。


/*/


「脚部、完成のメドが立ちましたよ」
「――あ」


その言葉を聞いた一瞬、彼女の表情が消える。


「待った。待て待て」


強張った声を残し、勢い良く部屋を飛び出す。


――予想通り、いや、予想以上の反応であった。それも致し方無い事かもしれない。


現行の宇宙機には、様々な事由から脚部をオミットされた機体が多く、

彼女が起こした試製デザインの数々も、
その常道を外す事無く脚部がオミットされた物が大半であった。


だが、完成稿のエバーライトには脚部が存在する、

従来のI=Dのデザインを踏襲したものが採用されたのである。

後から伝え聞いた話だが、彼女はこれを没案にする予定だったそうだ。
それが回りまわって、その有用性を認められ、ここに完成の日の目を見たと言うのである。
嬉しくないものでも無いだろう。


――ドアが静かに開いた。


「待たせたな。続けてくれ」
「…眼、赤いですよ?」
「あたしの眼は赤だよ」
「そう、ですね。すみません」
「…うん、その。それで、全体の進捗は?」
「あ、はい。そうですねー。おかげさまで、コアフレーム、腕部、デバイスは調整完了次第、

マスターアップに入れます。脚部も、スラスターユニットのテストが完了したんで、後は外装だけですね」


かちかちと、手元の端末を操作し、情報をまとめ上げる。


「…ふむ、試作機のテストラン完了を完成として、75%って所ですねー」
「詰めの段階、か…。そういや、フィードバックの件は?」
「“R”の件はですねー…」
「同系統別機体、だったかな」
「そういう方向性で、って所までは詰めましたね」


彼女が、資料らしき紙の束を取り出す。


「あ、もしかして“R”のデザイン案ですか?」
「ああ。まだ決定稿ってワケでも無いそうだが、ヤツは乗り気だったな」
「ふむ、なるほどー」


男は、エバーライトの設計仕様を呼び出した。


「コアフレームに各部換装技術ノウハウ、機体素材の精錬技術もフィードバック出来そうですね」
「量産機としてのベース技術は大体行けるだろうな。宇宙機としての局地性は置いとくとして…」
「後は、実働データですね。機体状態は、コアフレームで集中管理出来る仕様になってますから、

コアフレームのデータログを再構成すれば、ほぼ完全な動作シュミレーションが出来ます」
「で、そいつを整備方面が活用すれば、どこをチェックすれば良いか一発で分かるって事か」
「おぉっ、そういえばその通りですねー!そのアイデア、頂きます!」


仕様解説に新たな説明が加えられていく。


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彼女は、手にしていた“R”の資料を保管場所へ収めようと、目を落とした。
そこには、以前彼女がまとめた、星鋼京I=D開発における“ある懸念材料”に関するレポートが収められていた。


「――そう言えば、例の問題は?」


その言葉に、男の顔がわずかに曇る。


「そうですねー…」


端末が再び音を奏でる。


「この機体は、既存技術の流用と改修でほぼ100%が構成されている、と言っても良いです」
「つまり、そこに問題が介在する余地は無い、か」
「断言は出来ません。ですが、可能な限り手は打ちました」


画面に並んだのは、生産現場向け仕様書の文面であるらしい。
その最初の欄、特に大きく目立つように記述された文面が映し出される。


「これは、注意書きか」
「ですね。その最終項です」


“X.以下の仕様に基づき生産を行う際、仕様外の改良・機能付加については、

必ず設計担当にまで報告の上、指示を仰ぐ事”

“→当機体は、増加燃料装備を始めとする各種オプションの装備を想定されて設計されている為、

想定外の設計改訂によって、予定通りの機能を発揮出来なくなる可能性を持っています”


“その為、仕様外の改良・機能付加については、必ず上流工程への確認と指示を仰ぐよう、

厳重な注意をお願い致します”

“エバーライト設計担当文族:吾妻 勲”…


「なるほど」
「今の所、特に報告は無いようですね」
「良い傾向だと思いたい所だな」
「ホントです。そしてこっちが…」


画面には、いくつかの設計図のような物が、流れるように表示されては小さくたたまれて行く。


「なるほどな…現場段階のト書きまでチェック済み、か」
「無理言って、写しを寄こして頂いたんです」
「だが、作業自体はまだ完成してないんじゃないのか?」
「ええ、これは完成した部分…コアフレームの構造とか、脚部スラスターのノズルのものですね。

部分が完成次第、お願いしてる状態です」
「…首尾は?」
「特に不安だったエネルギー周り、ブースター系統には問題無さそうです。他の部分も含めて、

確認出来る限りで、明確な“枠を越える”技術が使われている形跡は無いですね…

後は、現場での確認ですねー」
「現場って…あ」
「ええ、今日はスラスターのテストで、最終確認も並行して…」


す、と目の前に掌が突き出された。


「分かった。現場の確認は次からあたしの管轄な」
「へ?え、あの、だって作業が…」
「お前には設計書の確認もあるだろ。負担は分担した方が良い」
「で、ですけど…」
「遠慮も言い訳も無しだ。それとも、あたしの眼が信じられないか?」
「い、いえ、そんな事無いですよ!」
「だったら問題無いな」
「う、うーん…分かりました。すみませんが、よろしくお願いしますー」


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「それじゃ、お疲れ様です」
「ああ、お疲れ」


男は仕事場の扉を閉め、自室へと戻り掛けた。
星が、冴え渡る輝きで夜空を彩っている。


――自分の構想した機体が、もうすぐあの空を駆け回る。その姿は、思い描いた様に、

軽やかな舞姿を見せてくれるだろうか。


…大丈夫。きっと大丈夫だ。
“この子”は、それを望む多くの人達の想いに支えられている。だから、大丈夫。


/そして。悠久の光輝=エバーライトは解き放たれる/


※重粒子…
最新の医療分野において、がん治療などに用いられるバリオンの事…ではなく、

ここではタングステン鋼などの“重い元素の粒子”程度の意味で使っています。
他に良い表現が思いつかなかったもので…(汗)
ややこしいと思われた方、申し訳ありませんっ。

(一旦、完成)