幼いランティスがきて3ヶ月が経とうとしていたある冬の日、部活を終えた光は風邪で寝込んでいるランティスのために早く帰ろうとしたが剣道部主将にして海、風と知り合う前からの友人、遠藤佐和子にどうしても付き合ってほしい場所があると誘われたので家に連絡を入れた。
長兄、覚にはランティスの世話はこちらに任せてたまには気分転換してこいといわれ、当のランティスからも子供扱いしないでほしいといわれたので光は佐和子に付き合うことにした。
佐和子に案内されて行った場所は『Alice』という可愛らしい雰囲気のジェラートの店だった。
「可愛い…」
「でしょ?『不思議な国のアリス』をモチーフにしてるんだって…それだけじゃなくてジェラートもそこいらのアイスより美味しいんだから!」
ドアが開くと優しい髭をした店長が2人を出迎えた。
ショーケースには定番のものから見たことのないものも含めて多数のフレーバーが並んでいた。
迷った末に佐和子はアールグレイとミントのW、光はバニラとりんごのWを注文した。
佐和子がいうだけあってジェラートはこの上なく美味しく正に天上の味といっても過言ではなかった。
バニラを食べたところ、今まで食べた中で甘さが少なかったので光は試しに甘いものがダメでも食べられそうなものがあるか店長に訊いてみた。
「じゃあ、期間限定のこれなんかどうだい?」
店長が試食させてくれたのは柚子のシャーベットだった。
一口食べると仄かな甘さとほろ苦さが粉雪のようにすうっと溶けていった。
「これ、おみやげに下さい!!」
加えて光は覚に抹茶、次兄、優にマロングラッセ、末兄、翔にチョコを選んだ。
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『Alice』のジェラートを手土産に帰って夕食を終えた後、光は早速ランティスに柚子のシャーベットを持っていった。
「美味しくなかったら…残していいからね」
「いい加減子供扱いしないでくれる?全部食べるよ」
そう言いつつランティスはシャーベットを口に運んだ。
「…どう?」
「……美味しい、これシトロエンに似てる」
シトロエンは甘いものが嫌いなランティスが唯一食べられるセフィーロの果物で病になった時、亡くなった母がよくこの果実を使って甘さを控えた温かい飲み物を作ってくれたものだった。
柚子のシャーベットの慈味は味が冷たいながらもランティスの心に優しく染み入った。
「おやすみ…今日はありがとう」
完食した器を片付けつつ部屋を出た光が礼をいうとランティスから思いがけない一言が帰ってきた。
「ちゃんとお礼はいただいたよ、こっちこそありがとう」
ランティスが今日感じた仄かな甘さとほろ苦さが恋のはじまりの味であることに気づくのはこの数日後のことだった。
あとがき
お久しぶりです、『ひと恋めぐり』二話より少し前にあった光と幼いランティスの話です
柚子のシャーベットを食べて思い付きました
タイトルはアンドレ・ギャニオンの『雪のエチュード』より