黒めがねのブログ -19ページ目

声が聞こえますか?

本を読んでいると声が聞こえます。


もちろん、それは、
実際に聞こえてくるわけではなくて、
想像の中にだけ存在する、
自分自身で作りだした
架空の声なわけですけれど、
頭の中でイメージされ、
しゃべりだすのです。
それはまあ饒舌に・・・

(ぼくは、この声が
大きくはっきりと聞こえる人ほど
本が好きな読書家であると考えています。
こうした、キャラクターの声を
聞き分けられる能力が高い人は、
総じてマンガ好きが多いとも・・・(^_^;))

それは、

登場人物の性格造形から
喚起されるものであったり、
セリフ回しから想像されるものであったり、
地の文から聞こえる
作者の声であったりします。

当然、読む人ごとに聞こえてくる声は
微妙に違っていて、
小説や漫画を映像化する時に
大きな問題を引き起こしたりします。


創造の世界にあった架空の声を、
現実世界に再現しようとするのですから
何も問題が無いということの方が
むしろ稀なのでしょう。
使用の無いことなのかもしれません。

しかし、

その物語が、
そのキャラクターが好きであればあるほど、
思い入れが強ければ強いほど、
自分の中の想像上の声とのギャップがあると
悲しくて、許せないのです。

自分の思い描いていた声とは違う声を
キャラクターたちがしゃべっている
というあの許しがたい違和感。
そうした悲しい思いを経験した
ことのある方も数多くいることでしょう。

(でも、リアルの力は予想以上に大きくて、
気がつけばその声優さんの声に
置き換わってしまっていた
なんてことがほとんどなのですけれどねぇ・・・)

とはいえ、ドラえもんの声は
未だに大山のぶ代さん以外考えられませんです(-_-)キリッ


それでも、


良く創られていればいるほど、
存在感があればあるほど、
その声はだれが聞いても似通ってくるものです。

いや、むしろ
「この声しか考えられない」
というような、
誰もが納得する力強い声を
持ったキャラクターもいます。
それは、そのキャラクターが
本来持っている個性であり
内在する声なのでしょう。


そうしたものは、物語だけに限らず、
創造されたあらゆる文章にも
内在するものではないでしょうか?
どんな文章であっても、
そこに言葉がある限り、
言葉に宿る「声」というものが
存在するのでしょう。
そういうものを「言霊」
というのかもしれませんね。


このブログの拙い文章にも
それは宿っており、
きっと、読む人なりにその声は
聞こえているのだと思います。



ぼくの声が聞こえていますか?



うう、いったいどんな風に
聞こえているのでしょうねぇ?
素敵な声だったらいいなあ~