「ドラフト会議、始まったみたいですよ」
昨夕、画廊でのお仕事中に同僚がつぶやいた。
「おうそうか」
元高校球児である画廊のオーナーが返事した。
私は外の雨を聞きながら伊東一雄さんのことを思い出していた。
かつてプロ野球ドラフト会議と言えばパ・リーグ広報部長の伊東さんの名司会が色を添えていた。
私のプロ野球界での本当の恩師。
初めてごあいさつしたのは、89年のSan Fransisco,Candlestick Park球場だった。
当時、ダイエーホークスはCalifornia Leagueの1Aに所属していたSalinas Spurs球団に2軍選手を留学させていた。私は彼らのマネージを託されていた。
Salinasはスタインベックの「エデンの東」の舞台にもなったカリフォルニア州北部に位置する農業町である。町は小さく、遊べる場所などない。
我々はそこで典型的なマイナーリーガーの生活を経験していた。
若い選手達には辛い生活だったと思う。
まだ若かった私も初めてのマネージメント職に苦労し辛い想いをしていた。
そんな時、ホークスの上司が伊藤さんと後の私の監督になった東尾さんと共に、大リーグ視察のためS.F.に来訪された。その報を聞いた私は息抜きも兼ねてごあいさつに伺うことにした。
SalinasからS.F.まで車で約2時間。
緊張していた。
あのパンチョ伊東さんだ。
60年代初期から自費で渡米し、大リーグを視察されて一人で乗り込んで行った伝説の先輩。
上司とCandlestick Parkの駐車場で再会したのち、球場のオーナーズボックスで伊東さんにご紹介された。
「はじめまして。ダイエーホークス渉外のイシジマと申します。現在野球留学でサリナスにおります」
「おう、パリーグにもバイリンガルの若い後輩が入ってきたんだな」
初対面にもかかわらず伊東さんは笑顔で両手を差し伸べて自ら歩み寄っていただいた。
それからの15年余り、お亡くなりになるまで本当に本当にお世話になった。
私のMLBへドアを開いてくれたのは実は伊東さんだった。
まだNational LeagueとAmerican Leagueが別々のオフィスだった時代。
伊東さんがNew Yorkに来られる際、必ず私にご連絡いただいた。
「おい、これからリーグオフィスに行くぞ。出てこい」
「はい!」
Park Ave.のオフィスに行くと、伊東さんは玄関から顔パスである。
NYでは通常はあり得ない。
"Hey OOO, how is your daughter?"
"Hi Pancho, good to see you again man"
なんと守衛さんのお子さんのことを覚えているのだ。
オフィス内に入れば、全ての人から笑顔やハグで歓迎される伊東さん。
こんな日本人いないよ。
そんな伊東さんにMLB両リーグの幹部の方々にご紹介していただいたのだ。
「こいつはまだ若いけど、我々の一員(日本の意)としていずれ君たちと仕事することになる。
どうか面倒みてやってくれ」
「パンチョが言うのなら確かな子なんだろう。わかったよ」
それから私は初代ハワイアン・ウィンター・リーグ、西武ライオンズ、New York Yankees,New York Metsと渉外担当を勤める幸運に恵まれたが、その根底には伊東さんが敷いてくれたMLBへのレールがあったからと言っても過言ではない。
最後に共にお仕事させていただいたのは、私がMetsに在籍し、2000年の開幕戦を日本で行う企画が立ち上がった際だった。
当時CXの「プロ野球ニュース」の解説の御仕事をされていた伊東さんは、開幕直前のオフ時にNYの私に電話してきた。
「おい、日本でのプロモーションにボビーと一緒に来い(ヴァレンタイン監督の意)。オレの番組に出ろ」
「え?で、でも球団になんと言っていいのか。。。」
「んなこたあ、お前が考えろ。いいな、これは意味があることだぞ。とにかく来い」
「。。。は、はい」
苦慮して、何とか上司に認めさせて私はBobbyと共に来日した。
実は放送中に、ボビーが日本開幕戦の投手は「マサト・吉井だ」とアナウンスするはずだったのだ。
番組もそれに合わせて進行が組まれている。
しかし放送30分前に、フィリップスGMが吉井選手をトレードしてしまった。
それを伊東さんに伝えた。
「すみません。吉井選手、トレードになってしまいました。。。」
「え?。。。おい。。。。ま、これがビジネスだ。しょうがないな」
ボビーも苦虫をつぶしたような顔をしていた。
そしてその2ヶ月後、Port St. Lucieでの春季トレーニングに伊東さんはクルーと共にお越しになった。
随分とやつれていた。
あれ、どうしちゃったんだろう。いつものパンチョさんの覇気がない。
「大丈夫ですか?」
「ああ、オレも年だな。フロリダまでは遠いぞ」
でも一旦インタビューが始まるといつもの絶口調。
PiazzaやRobin Ventura選手らのハイスクール時代の逸話等を織り込んで、ビッグリーガーたちをぐいぐい引っ張って行く。
Robin Venturaは大感銘を受けていた。
"Man, Pancho is amazing!"
ホント、素晴らしい方だった。
それから間もなくして伊東さんの病を知らされた。
私がピンチに陥ると必ず救ってくれた。
Yankeesをクビにされて路頭に迷っていた時、とあるパーティで元同僚が私の前に現れた。
「コウタさん、これからどうすんですかあ?いひひ」
「あ、う、うん。どうしようかなあ。。。」
「ボクは今の仕事にしがみついていきますよ。コウタさんみたいになっちゃったらサイアクですからねえ。けけ」
それを側で聞いていた伊東さんが激怒した。
「この野郎!なんてこと言うんだ!こいつは一生懸命頑張ってんだ!!てめえただじゃおかないぞ!」
下町育ちの伊東さんはまくし立てた。
いつもの優しいパンチョさんではない。
元同僚は顔を真っ赤にして逃げて行った。
私はその場で泣きだしそうになった。
胸に熱いものがこみ上がった。
「パンチョさん。。。。」
「何も言うな。おめえ、こんなことで負けるんじゃねえぞ!」
「はい」
「いいな!これからもずっとこういうことはあるぞ!」
そうしてまた色んな球界の重鎮の方々にご紹介いただいた。
あれから随分と時が流れた。
パンチョさん。
I miss you.
We all miss you.
All of us exist because of you.
随分と日本人が海を渡ったよ。
私もまだ頑張っているよ。