木曜日のレコーディングは感極まるものがあった。


Producerバラさんが現地に到着したのが、午後8時。


私は6時から機材をセッティングし、ずっと一人で音作りをしていた。


Twin ReverbとVoxのMini ampをDigital Delayからステレオにして鳴らした。


8曲ほど用意した。


そのうち5曲は、昨年の未遂事件後に入院させられていた、67丁目とPark Ave.にあるLennox Hospitalで降りてきたもの。


バラさん、到着直後からRolandのDigital Recording卓を手際よくセットアップする。


途中、杉さんが足をひっかけ電線コードを引っこ抜いた。


バラさんの鋭い目が光る。


「…あのう、電源が落ちると全て消えるんで…」


穏やかそうに見えて、実にきついお言葉。


杉さんは、「えっへっへ、すみません」と応えた。


笑える光景が緊張をほぐす。


一曲目にOverdubを3回繰り返した。


静かなアンビエンス調の曲のため、多重録音が逆に印象をぼやかしす結果に…


(この曲は最終的にバラさんがソロを含めた、2トラック分を排除したおかげで、鮮明なメッセージを浮き彫りにしてくれた。)


その後は調子があがり、9時半までに5曲を録り終えた。


全ての曲は2トラック。


ベーシックトラックと、ソロのみ。


もっと入れたかったのだが、バラさんが「これで十分。」とProducerらしく閉めの意を下された。


「どうしても後一曲お願いします」


と10年前のJazz調の曲を録ってもらった。


それまでの楽曲とは明らかに違うニュアンスに、演奏しながら自分で驚く。


ソロを2回入れなおして、すぐに終了する。


パケ後、バラさんと握手したら、


「危ないね。指でピンっとはじいたらすぐに割れちゃうね」、といわれた。


体中にショックが走った…


このブログ、読んでないのに…


でもこの人、全て分かっている。


「これらの曲は、インストだし、アンビエンスものだから、通常のように起承転結なんて考えなくていいよ。これらがコータさんの音楽だから。でも、構成、フレーズの全てから痛みと悲しみが出ている。危うすぎるよ。」


30年以上、プロの第一線でギタリスト・コンポーザーとして活躍し、現在は看護士として「介護・癒しの達人」として看護雑誌の表紙をも飾っている、榊原さん。


全てお見通しだった。


6月2日に私のLiveをみてくれた後、「器用だけど、自分の出したいトーンじゃないでしょ」と一言だけ言われた。


今回のレコーディングもバラさんの提案だった。


何か感じてくれたのだった。


嬉しかった。


今まで、そんじょそこらの奴にも似たようなことを言われてきた。


でも、バラさんが見通したことは、そんな連中にはわかっていない。


今回の楽曲は、日本に帰国してから木曜日まで誰にも披露したことのないものばかりだった。


Lennoxの精神病棟の患者さんたち、そして、NYCのある婦人会で披露して以来ずっと封印してきたのだ。


絵を描くように、写真を撮るように、そして文章をかくように、自己を掘り下げ、そして形にする作業は異常なまでに疲労する。


ステージとは明らかにちがうものだ。


口もききたくない。高揚している気分のなか、内面のすべてが曝け出されている。


でも、パケ直後から、「通常の顔をして」、周囲のレヴェルに合わせた「言葉と言語」で会話しなければならない。


ものすごい苦痛だった。


そんな中、時折バラさんが声をかけてくれた。


「今後の課題は、生きていることの力強さを打ち出す曲を作ることを、創らなければね。でも、今のコータさんには、今のままでいいのかも。曲を聞く者の想像力を触発して、広げさせるものがあるよ」


うれしかった。その場で泣き出しそうだった。


当然、その晩、床についてから号泣した。


以降、音楽がずっと「降りてきている」。


ホントは一人で熟考したい。ホントはギターだけを手に、自然に誘導されたい。


でもそんなことは、今は許されない…


内向して、感性の中に浸っているとき、人の御託を聞かされるのは拷問以外の何物でもない。


金曜日の午後は、数時間だけお店番がだったので、ちょっとだけ集中する機会があった。


確実に降りてきている。


友人のギタリストや、他のアーチストにもそのようなコトに関しての示唆をうながした。


みんな同調したけど、そういう場には「今」はいないらしい。


一人には、傷つけられることを言われた。


同様なことを彼のアートに関して言ってやろうかと瞬間思った。


愚鈍な連中が多すぎる。


今の私には、彼らを理解する許容範囲が全くない。


自分のことでいっぱいいっぱいだ。


昨晩、喧騒のなか、AJと3曲書いた。


私の「音楽」とは180度異なるものだ。


でも嬉しかった。感激だった。


米語でともに作業し、米語で作り上げた。


その環境とはあまりに異なる内容だったが、それが新鮮だった。

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ただ、そういったクリエーティブな環境のなか、その空気のみに没頭できないのは辛い。


「アートだけに専念したい」と友人の一人が言った。


でも人がそういう環境にいるこそ、それを尊重してよ。


Insensitivity.


We all deploy this stupidity. But I am truly losing patience. Let us respect each other's needs and enviornment.


Especially, within us creators.


I am talking about you, dude.


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