新聞の効用、ボランティアの効用。 | ディーダラスのひこーき工房 ~Dedalus's Aviation Studio~

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「ホップ、すてっぷ、ジャンプしたらそのまま飛んでいけ!」
 "Hop, step, jump and fly away!" This is the studio to build "airplanes" from materials in the storehouse in my brain...

俺は長いこと新聞が嫌いで(主に「ゴミが増える」という理由)、もう何年も新聞は取らずにいたのだが、嫁さんのリクエストにより、昨年から読売新聞を取り始めた。

購読し始めると、思わずニュースや特集記事を読み込んでしまったり、日曜版の「あたしんち」で笑ったり、2面の「顔」欄に大学の同級生が載っているのを見つけたりしてなかなか楽しい。

で、意外と地味に面白がっているのが、「読者からの投稿欄」。先日は80を過ぎたおばあさんからのお手紙でこんなのがあった。「結婚してから61年間、よくしてくれた夫と仲良く老後を過ごしていたが、その夫ももう亡くなり、今は一人だけれど家族と仲良く暮らしている」80過ぎるまで仲良く過ごして、亡くなってからも「61年間よくしてくれた夫」と言われるとは、立派な旦那さんだったんだろうなあ、と感心していたら、そのすぐ隣にはこんなお悩み相談が。「30代男性です。妻が私好みの格好をしてくれず、気に入りません。髪は明るい色に染め、耳にはいくつもピアスを。私の好きではないアーティストが好きだといい、ライブに行かせてくれないとぼやきます。子供も妻の方になつき、私にはなつかないのも気に入りません。母にそのことを言うと妻に注意してくれ、その後少しは良くなるのですが、すぐにまた元に戻ります。私は妻と仲良く過ごしたいだけなのです」なんという旦那の駄々っこぶり。なんというかわいそうな奥さん。全く赤の他人である俺達夫婦が、このお悩みには一致団結してキレた。別れろ、別れろと二人で口から泡を飛ばしまくってキレた。さて、今日は夕飯を食べているときに、嫁さんがこんなことを言ってきた。「この前何かで読者からこんな内容の投稿があってさ、他の読者から賛否が寄せられてたよ。『私はボランティア活動が好きで、今はワールド・ビジョン・ジャパンという海外の貧しい地域を支援する団体に月一万円ずつ寄付しています。ところがうちの夫は、『そんな金があるなら、家のために使え、子供のために貯金しろ、寄付なんてやめろ』と言います。私は昔からボランティアに興味があり、家計に迷惑をかけてもいないので、続けたいと思っているのですが、どうすればよいでしょうか』まあ、他の読者からの意見には、『旦那さんの言うとおりだからやめろ』っていうのもあったけど、大体は『いいことなんだから続けなさい』っていうのが多かったみたい」「ふ~ん、そう」そう言ってカレーをふた口食べ、飲み込んでから俺が言った。「あの、今の話なんだけどさ」実は、俺自身、ワールド・ビジョン・ジャパン(WVJ)に月々4500円ずつの寄付をしている。もちろん嫁さんにも相談して、昨年から始めた。WVJはアフリカやアジアの貧困に苦しむ地域の人々を支援するNPO団体で、その地域の子供たちを支援する「チャイルドスポンサー」を募り、月々一口あたり4500円で寄付を集めている。集められた寄付は主にその地域の開発事業や医療・教育などに使われるのだが、「チャイルドスポンサー」になった人にはその地域の子供が一人紹介される。あとは文通などを通して、その子がその地域でどう生活しているのかを知ることができる。俺がスポンサーになったのはケニアに住む小学校一年生の女の子。彼女の住む地域で開発プログラムが終了するまで交流は続く。こういう活動をしている、というとすぐに偽善者だとかいう人がいるので、俺はあまり言わないようにしているのだが、なぜそんな寄付をするのだ、と尋ねられればいくつか答えられる理由がある。まず一つめ。アフリカやアジアの貧しい地域では想像を絶する貧困に苦しむ人々がいるのは以前から知っていた。それを「他の国の、自分とは関係ないこと」とは考えたくなかった。同じ地球人、とまで大風呂敷を広げるつもりはないが、人間として何かしてもいいんじゃないか、という思いがあった。二つめ。そういう貧困にあえぐ地域の人々がその状態から抜け出す大きな要因の一つが「教育」だ。読み書きができる、計算ができる、英語ができる。そういったことで生活の質が改善され、子供たちの将来の選択の幅が広がる。教育が未来を拓く、ということが大げさでなく、現実なのだ。教育に関係する人間として、直接そこに行けないまでも、教育の力が最も必要とされている地域のために何かしたい、という思いもあった。三つめ。これが最大の理由なのだが、息子が生まれ、これからどういう人間になってほしいかを考えたときに、「自分の周囲だけが世界のすべて」という人間にはなってほしくないな、と思った。世界にはろくに食べられず、学べず、眠る場所さえない人々がたくさんいる。そういう現実を知り、翻って自分の今の環境に感謝しつつ最大限に生かし、貧しい人々に力を貸せるような人間になってほしい。それには、まず父親が何かしなければいけないのではないか。俺が何かをして、それをきっかけに息子に学ばせることはできないだろうか。そう考えた。三つ目の理由などは利己的かもしれないが、しかしこういう利己的な要素がなければボランティアなんて長くは続かないのではないか、という気もする。もちろん、自分の家族や周囲の人々の幸せが最優先だろう。でも、家族や周囲に迷惑をかけず、「困っている人のためだけでなく、自分のためでもある」という意識もあるのであれば、寄付という形であれ、この種のボランティアに参加するのはいいのではないか。(ちなみに、俺はこのチャイルドスポンサーを始めるために、それまで10年近く続けていたスカパーを解約し、他に支出の無駄を見直して、今までの支出とは変わらないままで4500円を捻出した。正直に言えば、4500円くらいの支出が増えたところで問題はないのだが、できるだけ今までと変わらない支出で納められれば長く続くのではないか、と考えたからだ。)嫁さんにそう言った。「そうだね。いいんじゃない」嫁さんが答えた。こういう会話のタネが増えること。それが新聞を購読し始めたことの一番の効用かもしれない。