きちんとしかろう。ちゃんとほめよう。 | ブルパのみゅみゅみゅMUSIC&NOVEL
ACジャパン(旧公共広告機構)のコマーシャルはウィットに富んだものが多く、よくできているなぁと感心することもシバシバで、基本的にはなるほどと肯くことができますが、たまに「?」と思うものもあります。

今、テレビで放送されているのは2009年度・全国キャンペーンのためにつくられた、「きちんとしかろう」「あなたでいいのだ。」「したたかおばあさん」の三編。

命の大切さがテーマの「あなたでいいのだ。」編は、バカボンのパパに扮した故赤塚富士夫さんが出てくるもの。老親との会話がテーマの「したたかおばあさん」編は、「オレオレ詐欺さん……」という例のアレ。

この二つに関しては何も言うことがありませんが、親子のコミュニケーションがテーマの「きちんとしかろう」編は、どうなのかなぁと思いながら観ています。

「困った大人にしたくない」というナレーションに乗せて、道端に空缶を捨てたりシャッターに落書きをしたり、電車の優先席でお年寄りに席を譲らない子供は、大人になっても同じことを繰り返す……というコマーシャルといえばお分かりいただけるでしょうか?

言うまでもなく道端にモノを捨てたり、落書きしたりは言語道断。シャッターへの落書きは建造物損壊や器物損壊の罪に問われることだってあるかもしれません。

しかし、電車の優先席でお年寄りに席を「譲る」「譲らない」を、先の二つと並列で扱うのはどうなんだろうと思うのです。コマーシャルをプレビューすると、

ちょっと辛そうに立っているおばあさんがの横で、(大人の姿の)ユウタが優先席で踏ん反り返っている。

母親 「ダメでしょ。ユウタ君」

ユウタ(子供に戻った姿) 「はい、どうぞ (と、おばあさんに席を譲る)」

NA きちんとしかろう。ちゃんとほめよう。

NA 大切にされている。その思いで、子どもの心は育ちます。
  (このシチュエーションでこのコピーも微妙にズレているような……)

ユウタ 「(おばあさんに)ごめんなさい」

おばあさん 「(ユウタに)えらいね」

母親 「(ユウタの頭を撫ぜて)よくできたね」

♪AC~

といった具合。まず、簡単な方からやっつけてしまうと、ユウタに席を譲られたおばあさんの「えらいね」という一言。何度観ても違和感を覚えます。

自分の孫といっていい年代の子供であっても、席を譲られたら、ありがとうとお礼を言うのが筋だと思います。

もし、テーマに沿って割愛したということであれば、そもそも切り口に問題があると思いますし、感謝の言葉はコミュニケーションの基本。

それとも、優先席に座っていたユウタの行動は×で、おばあさんに席を譲るのは当然だから、感謝の言葉を述べるに値しないということでしょうか?

僕が引っかかるのは正にココです。優先席で席を譲る譲らないは善悪の問題ではなく、口幅ったい言い方かもしませんが、これは思い遣りだと思います。

優先席だから席を譲るのではなく、辛そうに立っているお年寄りを思い遣る気持ちから席を譲るのだと。

もし、仮に優先席でなかったらユウタは席を譲らなくてよかったのでしょうか? そうではないと思いますし、そうではないと断言します。

思い遣りを教えることはとても難しいこと。善いこと、悪いこと、として教えた方が簡単なのかもしれません。

しかし、難しいからと投げ出してしまっては、子供たちの心に他人を思い遣る気持ちを育むことはできません。ここは面倒でも踏ん張って、大人としての責任を果たさなければならない場面ではないでしょうか?

最後に余談ですが、もう一つ突っ込んでしまうとユウタが席を譲らなくても、ユウタの横におばあさんが座れるスペースがちゃんとあるんですよね。

敢えてツッコミどころを入れておくのは広告制作における話題づくりの手法かもしれませんが、ふたり仲良く並んで座ったらいいのにとついつい思ってしまいます。

                   (道秋ナオ)

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