日経新聞に、日野原 重明さんの短いコラムが載っている。


今日のタイトルは、「命とは、自分で使える時間」。



これ以上のことを私がここで、紹介しなくても、とっても良い言葉!?


毎日毎日違う日がめまぐるしくやってきて、何をしてることが生きる事なのか、わからないことがある。


忙しく何かをやっているときは、そんなこと考えもしない時もあるけど、ふっと一息ついて、


頑張りすぎている自分がいるときは、必ずそんなことを考えてしまう。



最近は、いじめを苦にした自殺などが連日報道されいている。


命とか、生きる意味というか、そんなことを忘れるぐらいの感動や喜びを味わったことがない若い人に


とって、命ってなんのためにあるのか、わからなくなってしまうのだろう。



日本では、大学に行く人が増えているけれど、私の場合、大学時代までは不自由だったな~っていう感じが


どこかで抜けない。


勿論、その若さでしか出来ない楽しい事もいっぱいあるし、考えるだけでドキドキするような片想いとかも


あった気がするけど、義務教育の日本では、「私はこれが好きなんだ!」って思えるようなことを


子供は自分の意志で選ぶ事がなかなかできずにいたり、自分が好きな場所で生活できるように


自分自身でやりくりしていくことなどできない。


そうなると、学校と言う場が好きな子は別として、そんな小さな箱の中からずっと出られない気がしてしまう


んではないのかなって思う。



命とは、自分で使える時間。。。


そんな言葉が心に染みるようになるのは大人だけなのかもしれない。


だからといって、この言葉を批判するのではなくて、子供たちに、日野原さんに命の大切さを教える立場の


年長者がたくさんできて、


「今は自分の時間が不自由だけど、将来はこんな事をやってみたい!」って


旅の楽しさや、誰かと出会う事の喜びや、何かを成し遂げた時の達成感や、学校という場を離れて自分に


本当にしっくりくる友達を探す感動とか、、、伝えていく社会であったらいいのになって思う。