先日、不登校児だった娘が
中学の体育祭に参加しました

本人は最後だから、、と
なんか嬉しそうで



部活対抗リレーに出るとかで
部長や副部長とも色々相談しながら
どんな風にするか、決めてるんだとか
家でも話もしてくれてました



天候で日程が変わって
私の予定と重なった日が体育祭だったのですが、

少しの間でもと思って行ってきました




子どもたちの歓声と熱気を感じながら
2年前の長女のことを思い返してました



中学1年入学式に行くものの、
入場も出来ずに
それから不登校になった
朝晩逆転、ご飯食べない日もあったり
半年経ってから
フリースクールも行ったりしたがすぐ辞めて

中2から突然お弁当持って学校行くと
遅刻、早退しながら、
部活だけ参加、本人がやりたいようにさせて
ただ私はごはんを作ってるだけだった日々




体育祭ももちろん他の行事にも
参加しなかった2年間




その2年間のことを思い出していたら


うるうるしちゃって
涙が止まらなくなりました



両脇には保護者の方々もいて
恥ずかしくなったのもあり
しばらくしてから
早々と戻ってきたのですが



この涙って


学校の体育祭に出れたことが
嬉しかったのではなくて


本人が周りとの中に入って
楽しもう、作り上げてみたい姿勢を感じたのが
私は嬉しかったですね。



以前は
体育祭絶対行かないわって
ずっと言ってたから笑


それを楽しんでみようと思わなければ
部活対抗リレーの相談だって
体育祭だって出ないはず。



ひとりでやる楽しみもあるし
周りと作り上げて楽しみもある
ひとりより周りと作り上げる感動は
また違うものも感じられるのを
楽しみたかったんだろうと思うのです。



長女の成長を感じながら
私も成長してるわっと
そして
私、涙もろくなったなぁと感じた日でした。


6/13は3番目のお誕生日🎂

長女がシナモンロールのケーキを

土台から作ってくれました。

長女は食事をよく作ってくれるようになり

ぐんぐん腕を上げてます💪

頼もしい〜






清水智子








2年前の不登校児の娘を変えようとせずに

私の気持ち、内面を見直しして行った記録です。


子どもは親である私の意識を見せてくれてます。


中1で不登校→中2から行き始めました。

私は子どもが学校行かない選択にも⚪︎を

つけられるようになってとても楽になりました。

それをブログに綴ってます。