最近気になった俳優がいる。



YOUTUBEで彼を検索してみた。

そこで聞いたコメント。

「人生で最も大事なのは自己満足だと思う」



聞く人、聞くタイミングによって捉え方が真逆になると思うけれど、私にはこれが復活の呪文になった。

人に迷惑をかけなければ、そして後ろ指をさされるようなことをしなければ、自分に満足するのも必要なのかも。



「自己に満足しない」イコール「向上心がある」と思ってきたけれど、これを続けるのは結構しんどいのよね。

「今の私っていいじゃん!」

と思えるのは素敵よね。



結果より過程が大事だと言う人もいる。

でも私は結果が全てだと言われ育った。

結果が駄目なら過程も駄目だと。

そうなのかも知れない。

そうじゃないかも知れない。

でも「そう言われてきたから」といつまでも自分を縛っているのは私自身。



自分で自分を褒められないから他人に褒めてもらおうとする。

大きく見せようとする。

そのくせ、褒められたら「私なんか全然ダメですよぉ」みたいに言う。

何のために?

それもある種の自己満足?



彼が話す自己満足はそうじゃなかった。

自分はこうなりたい、ああしたいというものが明確で、努力もしている。

だから道が拓ける。

仮に道を間違えても
「この道もアリだね」
と捉えられる。



そんな風に生きられたら

きっと楽しいんだろうな~!!!!!

性格や環境が人を作るのだとしても、彼の言葉に反応した分

そうなれる要素があるのかも~!!!!!



なんて考えていたら、いつの間にかグダグダから抜け出していた私。

YOUTUBEでパワーをくれた俳優さん、ありがとう!!

そして、心配してプチメやメールをくれた皆さん、ありがとう!!



前回の更新以後、いろんなことがあったので、来月はちょこちょこ更新するぞ~(`▽´)ノシ
ここ1週間、いや1ヶ月程気持ちが落ち着かなかった。

何かショックなことがあった訳でもないのだが、これからの予定を考えて思考がまとまらない日々。行動もそれにならい中途半端になっていた。

幼稚園行事が一つ終わり、年内の大きなイベントはあと一つ。
しかも担当割りから見ると私の負担は少ない。

予定では楽になっているはずなのに。



客観的に見たら「何から手をつけたらいいか分からない状態」なんだろう。

やること、しなければならないことをノートに書き出せば頭が整理できる、と本で読んだ記憶がある。
しかし、書き出して予定を決めるも不意に訪れる些細なことでそれが一度崩れると修復する気力がなくなる。

父怪獣には
「完璧にやろうと思っているからじゃないの?」
と言われる。
「そんなことないよ」
と言いながら実際はそうなのかも知れない。
「自分で自分を追い込んでる」
との父怪獣の言葉にも反論できない。



普段の私はいい加減な部分が多く、それが自己嫌悪の原因の一つなのは明らか。
夏からの頭痛が治るのと同時に微熱が続き、身体が参っているのに気持ちだけ高ぶっている。
夜もぐっすり眠れない。

これって鬱?

私は鬱状態なの?

友人の話が思い浮かぶ。
「自分を鬱かもって思っている人は鬱じゃないよ」
何を根拠に彼女がそう言ったのか分からないが、じゃあ私は何なんだろう。



友人と会っている時、幼稚園でママ友と会っている時
「いつも元気よね~」
と言われる。
無理して明るくしているつもりはないし、友人と喋っている間はとても楽しい。



どちらも同じ私なのに。
何で苦しくなるんだろう。



大怪獣の学習机の上が散らかっているのを見て、私がきちんとしていないからなのだろうかと自分を責める。

外出先で、できれば会いたくない愚痴の多い知り合いに会う。
「時間があったらお茶しましょう」
と誘われる。
社交辞令と分かっていても面倒臭く感じてしまう。

たまたま替えた歯ブラシが使いにくい。歯の裏側が磨きにくい。どうしてこれを選んでしまったのだろうと後悔する。

家の設備に不具合が生じ、点検してもらったにも関わらず直らない。メーカーと設置会社の話が食い違う。日常生活に不便を感じ苛々する。

天気がぱっとしない。洗濯物が乾きにくい。降るなら朝から降ってくれよと空を恨む。

どれも普段ならそれなりにやり過ごせることなのに気にかかる。ここに幼稚園行事と新しく始まる人間関係への不安とその他諸々のことが加わる。

あぁ、現実から逃げ出したい!!

いつもこんな繰り返し。



逃げたことを想像してみる。
さて、全てから解放されたら何をしよう?







何も思いつかない。







時間があっても、ゆっくり寝たいだとか買い物に行きたいだとかコンサートに行きたいだとか本をゆっくり読みたいだとか

ない。

じゃあ、何もしたくないのか?



「あのさ~、頭悪いんだから考えるの止めなよ」
父怪獣の言葉は私を救おうとしてくれている?

「最低限のことをやっていれば誰も責めないよ」
それを素直に受け止めていいの?

「(私の)最近を見てると息が詰まりそうで。人生楽しくなさそうじゃん」
そこまで言われると軽く腹が立つ。



きっとみんな悩みや不安があっても上手く乗り越えているんだろうな。
「私悩んでますぅ~」みたいな顔や態度は取らずに我慢する、解消していくのが普通の大人なんだろうな。

私も今までそうだったつもり。

でもね、ちょっと頑張り過ぎた。
他の人と比べたら全然頑張ってないのかも知れないけど、私の度量ではこの辺りで休憩が必要。

『自分の限界は自分が決める』
『自分の限界を越えて努力することで新しい可能性が広がる』

素敵なことだと思う。
出来たらいいし、そうしたいとも思う。

今のところは無理だけど。



少し充電しよう。

一旦電源を切って充電しよう。

そして充電が完了してから動こう。

それまでは最低限の家事、育児をして後は好きなことに没頭しよう。



他人の意見を自分の意見とすり替えるのは止めよう。

誰かに何かを言われて一喜一憂するのは止めよう。

「できません」と言えるようにしよう。

そして気分が落ちているカッコ悪い自分を認めよう。

いやいや「○○しよう」と決めること自体止めよう。

動きたくなったら思いきり動こう!



まずは無理をしないことから始めよう。



慌てない慌てない。

一休み一休み。
3~4ヶ月に1回、偶然会うおばちゃんがいる。

近所に住んでいると思うのだが、普段は殆ど見かけない。



おばちゃんは、趣味で作っている野菜や花を会うたびにくれる。

くれる際、私を「ちょっとお母さん!!」と呼ぶため、怪獣達が
「『ちょっとお母さん!!』おばちゃん」
と命名した。



一昨日、おばちゃんに会った。

「ちょっとお母さん!!お花あげるよ!!」

そして抱えきれないほどのコスモスをくれた。



帰宅して花瓶に入れようとすると、やはり入りきらない。せっかく頂いたのだから、と空き瓶や使っていないコップを用意して分けていると

「私もやりたい!」

と大怪獣。

これも経験だとはさみを渡すと、蕾ばかりを集めてコップに挿していく。

「咲くかな~」

ワクワク顔をしながらの作業。

…少し詰めすぎじゃないかな。ちゃんと咲くのかね。



そして昨日の朝。

一輪の蕾が開いていた。

「咲いた!」

怪獣達は嬉しそうだ。



その後、家のあちこちで一輪咲き、また一輪咲き…が繰り返される。

台所においた大怪獣の作品は見る度に一輪ずつ開いていく。

私も、いくつ開いたか確認するのが楽しみになってきた。



おばちゃん!

おばちゃんがくれたコスモスで我が家は明るくなったよ!

花屋の切り花もいいけど、自然に咲いている花にはパワーがある!

元気のお裾分け、どうもありがとう!



大怪獣の記念すべき初めての作品はこちら。

重箱の隅-20091001011611.jpg

タイトルは
『ぎっちり』
だな…。

さて、これからいくつ咲くんだろう。

た~の~し~み~(^▽^)♪♪♪