私の母は兄姉弟が多い。唯一妹だけがいない。
弟が結婚し義妹ができた。私が叔母と呼ぶ人だ。
叔母は跡取りの嫁として祖父母家に入った。
自分の両親よりはるかに年上の義両親との同居が始まる。
両親が働いていたこと、おばあちゃん子だったことで、小学生の私は夏休みになると祖父母宅に2週間ないし20日程泊まりに行っていた。
祖父母宅は祖父が他界し、祖母、叔父、叔母、従妹、従弟の5人家族だった。静かな我が家と比べると何をしても騒々しい。その騒々しさがたまらなく好きだった。
私は従妹ととても仲がよかったため、中学生、高校生になってからも時折泊まりに行くことは続いた。
そんなある夏のこと。私は例年通りお盆前から祖父母宅にいた。お盆には伯父、伯母、もう一人の叔父、従兄弟姉妹達があちこちから集まる。
叔母は準備に追われていた。その年に限り皆日帰りだったので食事の用意だけだったが、何せ大人数になるから大変だ。私も従妹も手伝いはしたものの、殆どが叔母にかかってくる。しかし叔母は忙しさを口にせず、いつも通り明るくテキパキと準備をしていた。
全員が集合し、法要も終わった。さて配膳だ…。
と、その時。
伯母の一人が言った。
「せっかく皆集まったんだから外食しましょうよ」
既に予約まで済ませてあると言う。
どうして?
毎年ここで食事しているでしょ?
叔母が用意しているの、気付いてるでしょ?
私は母に救いを求めた。しかし末妹の母は姉である伯母に意見はできなかった。
逆に出かけるから着替えをするようにと私を急かす。
行きたくない。けれど母を困らせたくない。
どうしたらいいんだろう…。
「ほら、早く用意しておいしいもの食べておいで!」
叔母が私に言う。笑顔だが涙は隠せない。現在まで叔母の涙を見たのは、祖母が亡くなった時、伯父の一人が亡くなった時、そしてこの時の3回だけだ。
結局私は皆と一緒に食事に行った。叔母、従妹は片付けの名目で残った。
叔母を裏切ったような気持ちでいたたまれない。会話をしても弾まない。
そんな私に気付いた叔父が
「叔母ちゃんは大丈夫だよ」
そして
「おばあちゃんを食事に連れて行ってあげようって思った伯母ちゃんを責めないであげてね」
「叔母ちゃんを心配してくれてありがとうね」
戻った私達をにこやかに迎える叔母。罪悪感でいっぱいの私。
その日。家に帰る車中で母と殆ど口をきかなかった。
伯母達は気は強いがとてもいい人達だ。末妹の母をかわいがり、その娘である私をもかわいがってくれ、今でもいろいろと気にかけてくれる。
その日母も板挟みだったのだろう。叔母と一番仲がいいのは母だった。
伯母と叔母の中で何かがあったのかどうかは分からない。しかしその年のようなことは二度となく、穏やかなお盆を過ごしている。
義両親の世話、義姉との関係。叔母は頑張っているなと思っていたが、子どもができてもう一つ気がついた。
私、だ。
自分の子どもの世話だけでも大変だろうに、そこに上の子より3つ年上の私が加わる。
ペースも狂うだろうし、必ずしもいい影響だけを受けるとは限らない。
そして私は血のつながらない姪だ。
母親になるまで気付かない私も恥ずかしいが、気付かずに済んだのは、叔母が愛情深く接してくれたお陰だった。
小学生の頃は、悪いことをすれば自分の子を叱るように叱ってくれる。喧嘩をすれば年上の私に「大きいんだから」と言うことなく言い分を聞いてくれる。しかし何かある毎に「お姉ちゃんだね」と褒めてくれる。
もし私が叔母の立場だったら、同じようにできるだろうか…。
即座にNOだ。
でも…
料理が上手で、器用で、芯が強くて、優しくて温かい…叔母のような人になりたいと思う。
今年も皆が集まる日が近づいている。叔母の好きなお菓子を持って行こう。でもきっと叔母は
「来て元気な顔を見せてくれて、私が作ったものをおいしいって食べてくれるだけでいいんだよ」
と言うんだろうな。
叔母さん。
私も叔母さんの元気な顔を見られるのが楽しみだよ。
おいしい料理も楽しみだよ。
幾つになっても「夏休みのお母さん」の叔母さん。
今までも、そしてきっとこれからも
ありがとうね。
弟が結婚し義妹ができた。私が叔母と呼ぶ人だ。
叔母は跡取りの嫁として祖父母家に入った。
自分の両親よりはるかに年上の義両親との同居が始まる。
両親が働いていたこと、おばあちゃん子だったことで、小学生の私は夏休みになると祖父母宅に2週間ないし20日程泊まりに行っていた。
祖父母宅は祖父が他界し、祖母、叔父、叔母、従妹、従弟の5人家族だった。静かな我が家と比べると何をしても騒々しい。その騒々しさがたまらなく好きだった。
私は従妹ととても仲がよかったため、中学生、高校生になってからも時折泊まりに行くことは続いた。
そんなある夏のこと。私は例年通りお盆前から祖父母宅にいた。お盆には伯父、伯母、もう一人の叔父、従兄弟姉妹達があちこちから集まる。
叔母は準備に追われていた。その年に限り皆日帰りだったので食事の用意だけだったが、何せ大人数になるから大変だ。私も従妹も手伝いはしたものの、殆どが叔母にかかってくる。しかし叔母は忙しさを口にせず、いつも通り明るくテキパキと準備をしていた。
全員が集合し、法要も終わった。さて配膳だ…。
と、その時。
伯母の一人が言った。
「せっかく皆集まったんだから外食しましょうよ」
既に予約まで済ませてあると言う。
どうして?
毎年ここで食事しているでしょ?
叔母が用意しているの、気付いてるでしょ?
私は母に救いを求めた。しかし末妹の母は姉である伯母に意見はできなかった。
逆に出かけるから着替えをするようにと私を急かす。
行きたくない。けれど母を困らせたくない。
どうしたらいいんだろう…。
「ほら、早く用意しておいしいもの食べておいで!」
叔母が私に言う。笑顔だが涙は隠せない。現在まで叔母の涙を見たのは、祖母が亡くなった時、伯父の一人が亡くなった時、そしてこの時の3回だけだ。
結局私は皆と一緒に食事に行った。叔母、従妹は片付けの名目で残った。
叔母を裏切ったような気持ちでいたたまれない。会話をしても弾まない。
そんな私に気付いた叔父が
「叔母ちゃんは大丈夫だよ」
そして
「おばあちゃんを食事に連れて行ってあげようって思った伯母ちゃんを責めないであげてね」
「叔母ちゃんを心配してくれてありがとうね」
戻った私達をにこやかに迎える叔母。罪悪感でいっぱいの私。
その日。家に帰る車中で母と殆ど口をきかなかった。
伯母達は気は強いがとてもいい人達だ。末妹の母をかわいがり、その娘である私をもかわいがってくれ、今でもいろいろと気にかけてくれる。
その日母も板挟みだったのだろう。叔母と一番仲がいいのは母だった。
伯母と叔母の中で何かがあったのかどうかは分からない。しかしその年のようなことは二度となく、穏やかなお盆を過ごしている。
義両親の世話、義姉との関係。叔母は頑張っているなと思っていたが、子どもができてもう一つ気がついた。
私、だ。
自分の子どもの世話だけでも大変だろうに、そこに上の子より3つ年上の私が加わる。
ペースも狂うだろうし、必ずしもいい影響だけを受けるとは限らない。
そして私は血のつながらない姪だ。
母親になるまで気付かない私も恥ずかしいが、気付かずに済んだのは、叔母が愛情深く接してくれたお陰だった。
小学生の頃は、悪いことをすれば自分の子を叱るように叱ってくれる。喧嘩をすれば年上の私に「大きいんだから」と言うことなく言い分を聞いてくれる。しかし何かある毎に「お姉ちゃんだね」と褒めてくれる。
もし私が叔母の立場だったら、同じようにできるだろうか…。
即座にNOだ。
でも…
料理が上手で、器用で、芯が強くて、優しくて温かい…叔母のような人になりたいと思う。
今年も皆が集まる日が近づいている。叔母の好きなお菓子を持って行こう。でもきっと叔母は
「来て元気な顔を見せてくれて、私が作ったものをおいしいって食べてくれるだけでいいんだよ」
と言うんだろうな。
叔母さん。
私も叔母さんの元気な顔を見られるのが楽しみだよ。
おいしい料理も楽しみだよ。
幾つになっても「夏休みのお母さん」の叔母さん。
今までも、そしてきっとこれからも
ありがとうね。