明日北京オリンピックが開幕する中国。



学生の頃、短期の留学をした。今と同じ8月だった。

中国の文化に興味があった。第二外国語の中国語をより学びたい気持ちもあった。







砂が舞う乾いた空気。熱気。自転車の波。あちこちで太極拳をしている人々。時々見かける物請いの老人。

初めて目にする中国。
全てに衝撃を覚えた。


歩行者用信号機と同じように自転車用信号機がある!

日本と同じファストフード店なのにフライドポテトの変わりにジャガイモを煮たものが出てくる!

他人に月収を聞いたり、自分の月収を教えたりすることに抵抗がない!

わきの手入れをしていない女性が多い!

トイレに鍵がない、ドアがない、しきりがない、溝しかない!

赤ちゃん服のお尻部分が丸く抜けていて、まさに丸出し!


毎日が新鮮だった。







留学生楼と呼ばれる宿舎での生活の中、別な大学に通う中国人女性と友達になった。彼女は日本語を学んでいる学生だった。

しばらくして彼女から食事に招待された。彼女の家は両親と妹の4人で住む社宅だった。

トイレをかりた時、天井に付いているものに気付いた。小学校のプールにあるようなシャワーだ。

彼女に聞くと、中国ではトイレの天井にシャワーが付いているのは珍しくないとのこと。和式のような便器を跨ぎ、シャワーを浴びるのだそうだ。夏でもシャワーは2、3日置き、洗髪は4、5日置き。

水が貴重な故のことなのだろうが、使った食器を洗わずにキッチンペーパーのようなもので拭いて仕舞っているのを見た時には、この国の人のたくましさを感じた。







留学生楼には当然の如く洗濯機がなかった。毎日手洗いし、絞り、干す。洗うのはともかく、絞ることはかなり骨が折れる作業だった。洗濯機でする脱水のようにはいかないから、衣服に水分が多く残る。そのままハンガーにかけて干すと生地が伸びる。正直なところ、最後には捨ててもいいような衣服を持ってきていたのだが、伸びきった服しかないのは困る。デパートで数着購入し、普段はそれを着ていた。







ある日、留学生仲間と博物館に行くことになった。何が展示されているかも知らず、その後に予約したレストランのことばかり考えながらついていく私。


課外活動なのだろう、小学生の集団がいる。その向こうに赤い幕が見える。そして「抗日」の文字。


ようやく気付いた。ここに展示されているのは「戦争」だ。


数日前からテレビでは戦争を描いたドラマが多くなっていた。たどたどしい日本語で日本人を演じる中国人俳優。だが私の乏しい語学力では今一つ内容が伝わってこない。


そこには私が学校で習ってこなかった、事実であろう過去があった。

戦争と言えば日本人は被害者だという意識が強かった。その意識を根底から覆される感覚。

途端に周りの目が怖くなった。この小学生達は私達をどう見ているの?友達になった彼女や彼女の家族はどう思っているの?


中国で買った衣服のせいか、注目されることもなく会場を後にした。

どっと疲れが出た。私はレストランには寄らず留学生楼に戻った。


その夜。眠ろうとしても写真が、映写機の映像が、遺品の数々が頭から離れない。誰かに責められている気がしてならない。ひどい興奮と寝不足で次の朝を迎えた。

やはり授業に集中できない…。

心配して声をかけてくれた中国人教授(老師)に思いを伝えてみた。すると彼女は

「今、私達は友達です。それでいいじゃないですか」








あの時平和が大事だとか過去を忘れないようにとは言わず、優しく包んでくれた老師の言葉は、逆に私の胸に「平和の尊さ」を深く刻み込ませた。




そして毎年この時期になると思い出す。埃っぽい空気。くすんだ色合いの家々。入り口に付けられた透明なビニールのカーテン。売店に置いてあったドイツのチョコレート。怪しい土産店。生演奏で見た京劇。多くの文化遺産。最初はとても無愛想だったのに、親しくなるとおかずをおまけしてくれるようになった食堂のお姉さん。中国語がペラペラじゃないのによく来たことと嫌みを言いながらも親切にしてくれたお医者さん。日本語を勉強していた彼女と家族。他国の留学生仲間。

そして老師。








短い間だったけれどたくさんの素敵で大切な思い出ができた中国。オリンピックが言葉通り平和な祭典であるといいなぁ。