日本の人口を保つという政府の方針だが、北欧は日本の半数で高度な文化的生活を保っている。格差を生むのは貧しいことが足かせになる社会だ。荒廃した心で親が行ったことを子供が引き継ぐ、ネガティブなスパイラルを生む社会。非現実に逃れたくなる様な社会。何のために発達したのか分からない脳を持つ人達。

中世の人達には身分制度、逃れられない宿命、差別、格差があった。組織を逸脱すると死にいたる危険が存在していた。現代はそういう危機感はない。人を殺せば自分も殺されるという必然性も無くなった。犯罪に甘い世界なのだ。

 「花燃ゆ」の視聴率が最低と記事になっているが、何でそんなに騒ぐ必要があるのか?

 平安、戦国、江戸、明治時代と日本人の先達達の歴史を描いてきても、国粋主義あるいは国威高揚などと全く言われていないNHKの歴史ドラマは、特に左翼にも認められた立派な国民的放送行為と見なされていると思われる。


 視聴率が低いだの、ただ役者だけを見たい人達の動向がそんなに大事なのだろうか?


 当時の憂国の若者達が、「あの」ように群れて、議論し怒り笑っていたという事実をフィクションながら、史実にある程度従って描いてあるのは、現代の我々にとって歴史観を得る契機になるはずだ。

 これに関してだけ言えば、NHKは今はやることをやればいい。


 吉田松陰が人を暗殺しようとしていたことは、彼を尊敬する人の口からはなかなか出ないだろう。

 そんな一面を教えてくれたのはうれしい。

 下士であった坂本龍馬とはまた異なった立ち位置にいたこと。志(この言葉はキーワードの様に使われているのでちょっと気にくわないが)を抱いても脱藩せざるを得なかった龍馬とは、雲泥の差があったはずだ。土佐藩ならば下士で脱藩して捕まれば死罪だったろう。儒教で牙を抜かれた江戸時代の武士のくだらない身分制度があったからだ。

 松陰は確かに良いところでのぼんぼんだった。兵学の師であったし学術の徒であった。しかしぼんぼんを通して、死をもって人の範となった。先生!いい加減にして下さい!と最後まで「人の師」であった。凄い男よ。

 また、高杉晋作が何故藩政を握れたか、がずっと不思議だった。その理由が分かった。家老の息子だったのだ。

 ドラマ中の些細な描写から、こういう人間関係を紐解いていくのは、歴史に興味ない人には得られない興奮だろう

 2015年3月14日放映NHK「世界牛肉争奪戦」。

 中国の牛肉消費量増加から日本への輸入減少。商社の「買い負け」の現象。しかし番組は問題をさらに深く追求する。


 飼料である大豆の消費量も当然ながら増加。ブラジルの大農場のそれによる成長。急速な成長による寡占化。

 それでもうけようとするマネーゲーマー「インデックスファンド」。ゲームの意味は「貪欲」ということ。自分のもうけしか考えていない冷血マシーンだ。ピケティが問うところの「格差」の震源だ。


 そもそも「食べたいものを食べる」などという商社員の言葉は、それも「妄言」だ。70億の地球の人間がそんなことを言い出したらどうなるのか?


 買えないなら食べなければいい。どうしても食べたければ他国に制御されない様に自力で食物を作るべきだ。日本にはまだその力があると信じたい。

 その後だ。中国やインドの総人口が中流化する将来。温暖化で海岸線が上昇し、10億人が住んでいるところを追われるという将来。

 恐るべきだ。

 日本は人口が半分ぐらいになれば自給自足出来るかも知れない。しかし世界が日本の豊かさを狙ってくる事になるかも知れない。


 人間の味覚がここまで未来に影響する様になったことを知ったらマルクスはどう言うだろうか?