攻城日 : 2023年8月26日
↑長福寺 山門↑
夏見城は、千葉県船橋市にある城跡デス♪
↑長福寺 入口↑
城跡は、JR 総武線 東船橋駅の北西およそ1.5kmにあり、現在は寺院や森林などになっています。
↑長福寺 本堂↑
船橋市というと千葉県の中でも都会なイメージ (あくまでも個人的に )ですが、ワタシにはあまり縁の無い土地で、"船橋 "と聞いて思いつくのは...
今は亡きザウス (屋内スキー場 )かアンデルセン公園くらい?
どちらも中には入ったコトが無く、ザウスは学生時代にやっていたテニスの大会がすぐソバで開催されていたので、毎日下から見上げてた懐かしい思い出 ww
ちなみに、正式な表記が "SSAWS "っていうのを今初めて知りました ( "ザウス "ってカタカナ表記かと) ww
↑"木造聖観世音菩薩立像 "解説板↑
おシロとは無関係なコトで字数を稼いでおいて ww、そんな船橋市には中世城館が16コほどあるそうなのですが、その中でココ夏見城は唯一城主が分かっているトコなんだそうです
そしてその城主というのが、ワタシの地元のヒーロー (? )である武蔵国 石神井城主 豊嶋氏の一族の可能性が高い、というのをこの記事を書くに当たって初めて知り、不思議な縁というか歴史の面白さを改めて感じている次第...
思いもよらないトコで繋がっているモンですねぇ
↑長福寺の裏 その①↑
さてそんな夏見城は、船橋市の北側にある台地の端にあり、現在は "長福寺 "などになっています。
長福寺は、夏見城主だった夏見 加賀守 政芳によって再興されたとされる曹洞宗の寺院で、比高は10m程度ながらお寺の前は結構急な坂になっており、地形的な雰囲気はあります。
↑長福寺の裏 その②↑
お寺の周辺は密集した住宅地になってしまっており、一見遺構は残っていなさそうなのですが、お寺の裏 (東側 )に土塁が残っています。
↑土塁①↑
お寺の裏って草ボーボーのジャングルなトコも多いですが、ココはとてもキレイに整備されており、真夏でも全く問題なく散策するコトが出来ます。
〔歴史とか〕
夏見城の築城者や築城年はわかっていません。
夏見の地は古くから集落があり、保延4 (1138 )年から室町時代初期までは夏見御厨として伊勢神宮領になっていました。
城跡である長福寺に保管されている船橋市指定文化財の木造聖観世音菩薩立像の銘には、寄進者として夏見豊嶋勘解由左衛門尉平朝臣胤定とあり、立像が作成された天文5 (1536 )年に夏見の地を治めていた人物と思われます。
この豊嶋 胤定なる人物の来歴は不明ですが、武蔵国石神井城 (現在の東京都練馬区 )を本拠地とした武蔵豊嶋氏が代々名乗った豊嶋勘解由左衛門尉や平朝臣を名乗っていることから、武蔵豊嶋氏の一族である可能性が高いと思われます。
また長福寺の縁起によると、永禄7 (1564 )年に第二次国府台合戦において里見方について討ち死にした (異説には抜け穴から落ち延びたとも )夏見 加賀守 政芳が城主を務めていたとされています。
〔感想とか〕
遺構も残っていて、歴史的背景も薄らとではありますがわかっているため、周辺にある他の船橋市のおシロよりは満足度が気持ち高めです ww
あくまでも比較論であって、そこまでの満足感が得られるワケではありませんが、幸い整備はされているため、山城へ行けない暖かい季節に幾ばくかのおシロ成分を補充しに行くのが良いかと ww
〔基本データ〕
読み方 : なつみ じょう
住所 : 千葉県船橋市夏見
標高 (比高 ) : 15 (10 )m
築城者 (築城年 ) : 不明
主な城主 : 豊嶋氏 / 夏見氏
駐車場 : 長福寺参拝者用を借用
駐車場からの比高 : 無し
訪問する際の目標物 : 長福寺
残存遺構 : 土塁
城跡に関する表示物 : 立像解説板に記述有り
史跡指定 : 無し
見学時間の目安 : 15分くらい
〔主観的評価 (最大 : ★★★★★ )〕
疲労度 : ★ (楽チンです )
ヤブ : ★☆ (夏でも問題無し )
遺構 : ★☆ (土塁はなかなか )