攻城日 : 2023年1月3日


先日、"今年は神奈川県と千葉県のおシロを中心に "的なコトを書いたばかりですが、"群馬県と栃木県の県境のおシロ "へ行ってきました ww


誰も聞いてない言い訳をすると、神奈川県は箱根方面のおシロへ行きたいので "箱根駅伝 "と被ってしまい混雑が予想されたのと、千葉県は山城というよりは民家の裏山的なトコなので正月三ヶ日は "自重 "した次第です。


んで、今回のターゲットは、桐生市の "仁田山城 "と、足利市の "小俣城 "の2つ♪


仁田山城は、里見氏だったり二階堂氏だったり桐生氏だったりが出てきてその歴史は混沌としていて諸説入り乱れている感じなのですが、ひとまず安房里見氏の本家である上野里見氏の庶流である仁田山里見氏のおシロというコトで ww


↑仁田山城 周辺マップ↑


仁田山城の周辺には、その支城とされる砦や物見があり、まとめて一網打尽にする作戦デス ( ・ㅂ・)و ̑

もうひとつの小俣城は、一般的な知名度こそありませんが、あの "上杉 謙信軍の攻撃を撃退した "という輝かしい武勲のあるおシロ ∠( ゚ω゚)/

といっても別に謙信本人が攻めたワケではなく、上杉家中の萩田 長繁が攻めただけですし、その時の守備兵も150人程度だったらしいのでそもそも戦いの規模自体が小規模のモノだったようですが、ソコはまぁ "謙信軍を破ったおシロ "ってコトで ww

↑小俣城 周辺マップ↑

というコトで、正月早々、ガチな山城2つプラスαにアタックしてきましたよ、と ( •̀∀•́ )✧

↑① -1.西側からの遠景↑

①.谷山(やつやま)砦 【群馬県桐生市川内町】
     暫定評価 : ★★

さて、まずは "仁田山城と仲間たち "の攻略に挑むワケですが...

メインの仁田山城の麓からの比高はおよそ280m。

他に手段が無ければ登りますが、他に少しでも楽なルートが有れば避けたい比高差デス ww

そこでいろいろ調べているうちに、尾根伝いに仁田山城→谷山砦→皿窪砦を周回されている方の記録を発見し、それを参考にさせて頂くコトに♪

但し、丸パクリだと仁田山城の280mをまず登らなければならないため、直下まで車で行ける谷山砦を起点として、仁田山城と皿窪砦をピストンするルートにしてみました。

↑駐車スペース→谷山砦↑

↑① -2.谷山砦 攻城路↑

谷山砦の西側直下には、かなり荒れてはいるものの舗装道が通っており、駐車スペースも有ります♪

ソコから谷山砦までの比高は90mほど...

なのですが、上の写真で伝わるかどうか分かりませんがその傾斜はかなりキッツいデス ww

↑① -3.主郭の祠と"谷山砦跡"案内板↑

いきなりの先制パンチに、早くも選んだルートを後悔しかけますが ww、10分程度で主郭へ♪

谷山砦は、単郭プラス2つの腰郭から成る小規模な砦ですが、仁田山城へと続く北東側の尾根筋以外はかなり厳しい傾斜に囲まれており、要害性はそれなりに高いです。

と言ってもそれほど見るトコも無いので、そのまま仁田山城へ ε”ε”ε”(ノ* •ω• )ノ

↑谷山砦→仁田山城↑

↑② -1.南側からの遠景↑

②.仁田山城 【群馬県桐生市川内町】
     暫定評価 : ★★★☆

谷山砦から仁田山城までは、距離でおよそ2kmほど。

尾根筋をひたすら歩くだけで、多少のアップダウンは有りますがヤブは全く無く、いたって快適♪

40分ほどで、城域に突入デス ε=ε=┏( ^ω^)┛
 
↑② -2.本丸 内部↑

仁田山城は、標高506mの "石尊山 " に在ります。

紛らわしいのは、仁田山城から南東およそ9kmのトコには低山登山業界ではメジャーな栃木県足利市の石尊山があるコトで、仁田山城があるのは "群馬県桐生市にあるマイナーな石尊山 "です ww

↑② -3.本丸 二の丸間 堀切↑

おシロは、本丸の両サイドを2つずつの郭で守るいたってシンプルな山城で、本丸西側の郭間はそれぞれ中規模の堀切でしっかりガード (o゚д゚)o┫

各郭の虎口がしっかり残っており、動線が明確なのもポイント高し♪

↑② -4.三の丸 西側 堀切↑

ヤブもほとんど無く、本丸から三の丸までは新しめの案内板も設置されており、ちょっと行くのが大変ですが山城の入門編におススメな感じです♪

仁田山城を堪能したあとは、ソコから更に比高で100mほど登って駒見山へ ε”ε”ε”(ノ*˙꒳​˙  )ノ

↑仁田山城→駒見山↑

↑③ -1.駒見山 山頂↑

③.駒見山物見? 【群馬県桐生市川内町】
     暫定評価 : ★

今回の攻城の参考にさせて頂いた方の記事で、"駒見山は物見山 "との記述があったので、ついでに訪問。

"駒見山 "という名称から、物見だった可能性は十分に有りますが、名称からの想像なのか何かソースが有るのかは不明。

行ってはみたものの、眺望はあまり良いとは言えず、予想どおり城郭遺構も無し...

ココが物見として使われていたかどうかはビミョーなところです。

これといって見どころも無いので、谷山砦まで戻って更にその足で皿窪砦へ ((((っ・ω・)っ

 ↑駒見山→谷山砦→皿窪砦↑

↑高倉山 山頂↑

地図上だと駒見山のすぐ隣に高倉山があるので、谷山砦へ戻る途中、ついでに立ち寄ってみたのですが...

思いのほかアップダウンが険しく、無駄に体力を消耗した上、眺望も無く当然城郭遺構も無し...

完全に無駄足でした ww

 ↑④ -1.南東側からの遠景↑

④.皿窪砦 【群馬県桐生市川内町】
     暫定評価 : ★☆

高倉山から谷山砦へ戻り、更にそこから皿窪砦へ。

谷山砦から皿窪砦までは多少離れており、距離だけで言えば麓から登り直す方が近いのですが、ココまでの道中はヤブも無く快適だったため、そのまま尾根伝いに足を伸ばすコトにしましたが...

結果的にこれはミスチョイスで、このルートはヤブが多い上にアップダウンがかなり厳しく、片道ならともかくココを往復するのは完全に失敗でした ∑(*ノω<*)

↑④ -2.主郭 内部↑

心身共に疲弊しながら、谷山砦から30分ほどで皿窪砦へ。

結構な思いをして到達した皿窪砦ですが、広さこそありますが土塁や堀も無く、谷山砦ほどの要害性も無い単郭の平場で、わざわざ頑張って来るほどのモノは有りませんでした ww

得たモノもあまり無いまま、谷山砦まで戻る足取りは相当重かったです ww

↑⑤ -1.居館跡から仁田山城を↑

⑤.仁田山氏館 【群馬県桐生市川内町】
     暫定評価 : ★

最期に、城主だった仁田山里見氏の居館跡とされる五丁目三町会広場まで車で移動して、今回の一連の攻城は終了♪

なお、仁田山城に登る場合は、県道338号線沿い (広場の正面)に "石尊山 (仁田山城跡 )入口 "の案内板が設置されており、その案内板から50mほど北西へ入ったトコにも "石尊山登山口 "の表示が出ています (但し、登山口周辺には車を長時間駐車出来るような場所が無いかも )。

今回はそれぞれ駐車場所を探すのと車を回収するために下道を歩くのが面倒だったので、尾根上を4時間かけて歩きましたが、ルート的には谷山砦⇔皿窪砦の往復が完全に無駄でした。

ひととおり回るのであれば、一筆書きに仁田山→(駒見山 )→谷山→皿窪 (もしくはその逆 )と回った方がはるかに効率的ですね。
 
もしくはそれぞれ個別に登っても良いですが、そうなると谷山や皿窪はソコまでのモノでは無いので、未訪であればその時間を近隣の他のおシロ ( "柄杓山城 ""深沢城 ""高津戸城 "あたり )に使うコトをおススメします ww

↑①~④.攻城ルート↑

比高差     : 245m(駐車スペース→最高地点)
累計高度 : 810m
歩行距離 : 9.6km
探検時間 : 245分

↑⑥ -1.東側からの遠景↑
(赤が主郭 / 緑が Ⅴ郭の辺り)

⑥.小俣城 【栃木県足利市叶花】
     暫定評価 : ★★★

続いて小俣城へ行くために、群馬県から栃木県へと移動...

と言っても仁田山城から10kmも離れていないので、あっという間なんですが ww

小俣城へのアクセスは、距離は長いもののハイキングコースとして整備された "北ルート "と、距離は短いものの未整備の斜面を直登する "南ルート "があり、今回は北ルートで登って南ルートで下りました♪

↑⑥ -2.石積み跡?↑

小俣城がある "城山 "の東側を走る県道218号の向かいには、前述のメジャーな石尊山があり、県道沿いにはあちこちに石尊山登山口の案内が出ているほか、城山と石尊山の真ん中らへんにある叶花 (かのうけ )集会所は、ハイカー用の駐車場として解放されており、かなりの台数 (20台くらい? )が駐車可能です。

訪問した時には10台くらい停まっていましたが、道中誰にも合わなかったので、皆さん目的地は城山ではなく石尊山だと思われます ww

↑⑥ -3.Ⅱ郭から主郭を↑

そんな人気の無い城山ですが ww、前述のとおりハイキングコースとなっていて数ヶ所に案内表示がされており、また周辺は "カタクリの群生地 "となっているため整備もされています♪

傾斜もそれほど厳しくなく、およそ30分程度で城域へ到達出来ます。

ちなみに、道中の案内板等の表記はいずれも "城山 "で、"小俣城 "と表記されているのは山頂のプレートのみ、解説板なども設置されていません (๑•́ ₃ •̀๑)

もっとアピールすれば良いのに...
 
↑⑥ -4.山頂にある"城山 小俣城址 "案内板↑

おシロは、標高305mの城山山頂を主郭とし、その東側の尾根上に複数の郭がありますが、スペースは広くなく、謙信軍に攻められた際の守備兵150人というのは若干盛られた数値で実際はせいぜい100人程度だったのでは?、というスケール感です。

いくつかある堀切も小規模なモノで、構造的には戦国初期のオールドタイプの山城といった感じです。

但し、石積みの跡と思われるモノが何ヶ所か有り、周辺には同程度のサイズの石がゴロゴロ転がっているコトから、それなりの規模の石積みがあった可能性はあると思います。
 
↑⑥ -5.南ルート途中からの城跡遠景↑
(中央が主郭)

そして帰りは正頂山を経由して直登ルートを下ります。

北ルートと違って整備はされていませんが、特に歩きにくいコトもありませんし、上の写真のように道中は小俣城の全容を眺めながら下れますので、結構良いかも。

但し、傾斜は結構急なので、登りに使うのはシンドいと思います ww

↑⑥ -6.石尊山 (足利市 ) 遠景↑

県道を挟んだ向かいにある足利市の石尊山にも城郭遺構が有り、当然行く気マンマンだったのですが、残念ながら時間切れでまた今度 (o・・o)/~

↑⑥ -7.攻城ルート↑

比高差     : 190m
累計高度 : 300m
歩行距離 : 4.7km
探検時間 : 135分

↑⑦ -1.鶏足寺と小俣城 (背後の山が主郭 )↑

⑦.小俣氏館 【栃木県足利市町屋】
    暫定評価 : ★

小俣城の南側麓には、城主だった小俣氏の菩提寺である鶏足寺があり、周辺には小俣氏の居館もあったらしいので、訪問してみました♪

鶏足寺は、創建が809年という古刹で、平 将門の乱の際には藤原 秀郷の要請で将門調伏の儀を行うなど、往時はかなりの力を持った寺院だったようです。


↑⑦ -2.鶏足寺 勅使門↑

上杉軍が小俣城を攻めた際には鶏足寺も戦火の犠牲となりますが、その時唯一残ったのが正和年間 (1312~1316年 )建造の勅使門なんだそうです。

もう日が暮れかかっていたので中はザックリとしか見ていませんが、現在もかなりの広さがある立派なお寺さんでした♪

↑⑦ -3.小俣氏館跡?↑

鶏足寺の南側に小俣氏の居館があったようですが、正確な場所は分かっていないようです。

周辺には土塁や堀跡に見えなくもないモノがありますが、果たして...