映画評:Vol.1「バベル」- その2 | Blonde Fake!

映画評:Vol.1「バベル」- その2

映画評 「バベル」ーその2

トピック的にはその1とはあまり関連性は無いと思いますが、

はじめにその1を読んだ方がいいかも。


注:日本では未公開でネタばれもありますので以下に読み進める方は
その事を念頭において下さい。



今回はこの映画の中での「宗教」

ハッキリ言って宗教は具体的になんら取り上げられていない様に感じる。

題材的には取り上げやすいとは思うが。

監督自身献身的なカトリックが多いメキシコ人であるし。


ロケーションで言えばモロッコでのイスラム教に、メキシコでのカトリック。

だが映画の中では宗教的観点からは描かれておらず、

道徳的または慣習的にしか存在していない。

兄や父親にいとこの着替えを覗いた事で叱られる少年。

故郷での息子の結婚式。

思わず口にする習慣的な懺悔の言葉。

壁に掛かったキリストの絵。

そのどれもが日常的なものとして映し出されている。やはり監督は

この映画の中で取り立てて宗教に焦点を絞っていないのが分かる。

自分がびっくりしたのは意外と日本人が持っている宗教観と

大きく異ならないのでは?と感じたことだった。


それでは他の2つの都市ではどのように扱われているのか?

アメリカのシーンは殆ど無いのでここでは論じないが、

では日本の場合はどうだろう?


日本の場合一般的に無宗教だと認識されている。

もちろん映画でも仏教や神道など一切描かれる事は無いが、

逆にどこか一番宗教的に描かれている様に感じた。


菊池凛子を軸に日本の若者達が登場する。

多分世界情勢的に見ても(少なくとも映画の中では)日本の若者達は

今現在その繁栄を謳歌している様に感じられる。

自分が住んでいるアメリカ、ロサンゼルスに比べても

今の東京は栄華をほこっている。

まるで古代バビロンやローマの住人もそうであったと想像させるほどだ。

そこでその日本の東京のどこに宗教が描かれていたのか?

先ほど書いたように「宗教」は一切出てこない。

しかし登場する日本の若者はどこか狂信的だ。

ある宗教を盲目的に信仰する信者の様に写って見える。

その「宗教」が何なのか?彼等が必用に追い求めるものは?

熱心に信仰するものとは?それは決して解らない。(快楽か?)

しかしスクリーンに映るその狂信的な姿があるシーンで結実する。

菊池らが入っていくクラブの天井に映し出される幻想的な

ビジュアル光線を目にした瞬間だ。

疑いを持たぬ信者たちの前に現れた神の光の美しいことよ。


これは宗教を用いずに宗教を描いたシーンなのでは?

どう思いますか?