デカルトという人がいる。
今から400年以上も前の人で、日本でいうところの
織田信長や豊臣秀吉の時代(戦国時代)に生まれた人だ。
「我思う、故に我あり」という言葉を後世に残した。
僕が中学生の時に、教科書の中でこの言葉に出合ったと、思う。
何故か、この言葉が僕の心の中に深く突き刺さってきたのを覚えている。
当時はその意味をよく理解できていなかったが、後年(1970年代に)
僕の尊敬する五木寛之さんが、反デカルト的な考えを持っていて、
「我あり、故に我思う」がコレクトだ!!と、何かの本の中で主張されていた。
でも僕は、「我思う、,故に我あり」の方がコレクトであり、五木さんは好きだが、
氏の理論はインコレクトだ!!と思ったことがある。
それは、今でも変わらない。
「思考」という意識が先にプレゼンスしていて、その結果
「存在」という身体が出来た!!というデカルトが正しい。
何かを思ったり考えたりして、その結果、考えた通りの物資(現実)が
生まれるのだ!!
君たちも僕もしかり。
目には見えない思考物資が、こんな人間を創りたい!!と思考して、
その結果産まれてきたのだ!!
現在いろんなお店で売られている商品だって、全て誰かが考えて、
その結果商品になったのだ。
(誰も何も考えずに、いきなり商品が先に出来る訳がない!!)
料理だって、先に誰かがこういうレシピで作ろう!と考えたから、
結果として、その料理が出来たのだ。
このように、「思考」が先で、「存在」が後になるのが、
どう見ても正しい!!
しかし、世の中の人たちの大多数は、その真反対に、
自分が存在しているから、何かを考えるのだ!!と、思っているようだ。
風の時代になった今でも、地の時代のままに生きている人が実に多い。
PS
今回より、ブログタイトルを「グランパのロングレター」と、
改めたよ。
これからも、君たち2人に向けて書いてゆきたい!!と思う。
潜在意識のことやら、引き寄せの法則のことやら、宇宙のことやら、
そして日常生活の中でふと感じたこと等を、
ランダムに自由気ままに書いてゆく心算でいる。
君たちの人生の途上で、ふと読みたくなった時に読んでもらえたら
それで僕は幸せだ!!