脳内キャビネット | blondcoco の人生相談

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朱夏世代(30代、40代)の うつや思春期特有の悩みが 得意分野です。


「あっ!!イナバさん。こんにちは。お久しぶりです。〇〇ですけど!」

イナバがランチを食べ終えて、その店を出ようとした時に、一人の白秋世代の女性が入れ替わるように入ってくるところだった。

お店のエントランスで、イナバはその女性とバッタリ対面したのだった。

イナバは呆然と佇ちすくみ、首を捻りながら固まってしまっている。

〈人違いではないのかな?〉とも思っているようにも見える。

「あら!イヤだ!覚えてないのかしら?」女性は〈ひどいわ!〉と言外にその言葉を飲み込みながら、それでも彼女の潜在意識はそのことを悟られまいとしたが、
しかし表情にはしっかりと出てしまっていた。

女性はそれからやや憤然としながら、お店の中に消えて行ってしまった。


イナバは、駐車場で車のエンジンキーを捻りながら考えたが、どうしても思い出すことができないでいる。

イナバは、記憶を持たない男だった。

とはいえ、いわゆる記憶喪失症という訳ではない。

これまでの人生において、大きな出来事や重要な人物との出会いのシーンとかは、ちゃんと覚えている(忘れようとしても忘れられない)。

だが、それ以外の些末な出来事や、その際に関わった人のことなんかは、ほぼコンプリートに忘れ去ってしまっている。

イナバは、3日前のことならある程度覚えているが、5日以上も前のことになると、途端に記憶がぼやけてしまうのだ!

一ヶ月以上も前のことになれば、ほぼ完璧に忘れている(良いことであれ、悪いことであれ)。



車を駐車場から出して、しばらく走ると交差点があり、そこの信号が赤だった。

イナバが停車したすぐ脇に、自転車に乗ったまま信号待ちをしている若い男性がいた。

男性が隣りに止まったままで、何気なくイナバの車の運転席に目を向ける。

イナバも、その男性と視線を合わせるかのように、そちらを見る。

「あっ!!」と、お互いが声を上げた。

この40年来会うことのなかったかつての親友だった!

車の窓を開けて何か声をかけようとしたが、その刹那信号が青に変わった。

車の発車を遅らせようとしたが、後ろの車から激しくクラクションを鳴らされる。

仕方なくイナバは信号を直進して、150m先の車道の幅に少し余裕のある所に一時停車して、自転車の彼を待つことにした。


ところが、彼はやって来なかった。

別役実の戯曲だったかな?ハッキリしないけど、何か全く来ないバス🚌を延々と待つ青年のことを思い出したりもした。

もしかしたら、途中で路地のような細道に左折してしまったのかもしれない。

車に乗った人間と自転車に乗った人間同士の会話は、絶対に成立しない。

お互いの速度が違うからだ。

会話が成立する為には、両者が同じ速度でなければならないのだ。

それにしても、おかしい!

イナバは、あれから40年後の姿になっているのに、友人の方は当時と寸分変わっていなかった。

そしてその時、ふと何の脈絡もなく、さっきのランチの後に出会った女性のことを思い出した。

イナバは無意識であったが、潜在意識下では「〇〇です!」と聞いた瞬間、その苗字についての検索をかけていたのだ!

そしてとうとう辿りあてたという訳だ。

その結果を、ポン!!とイナバの脳に送ってきたのだ。

「そうかあ!妹の友達だった人だな。そういえば、昔よく家に遊びに来ていたっけ」と、イナバはようやく思い出したのである。


眼前の道路には、いろんな車が走っていて、歩行者や自転車に乗った人の姿も見える。

イナバには、それらの光景が時々、静止画が連続しているような感覚がすることがある(まるで精巧なパラパラ漫画のように)。

イナバにとっての重要な静止画だけを、彼は脳内のキャビネットに保管している。

そしてそれ以外の大多数の静止画は、ごみ箱送りにしている(それを自動的に、毎瞬毎秒行っている)。

そんな訳で、イナバは普通の人と比べると、だいぶ記憶力のない人だというレッテルを貼られてしまっている。