小道具 | blondcoco の人生相談

blondcoco の人生相談

マーケティングから恋愛問題まで、あらゆる お悩み相談室ブログです。
朱夏世代(30代、40代)の うつや思春期特有の悩みが 得意分野です。


お店の中に、もうじき切れそうな蛍光灯が2本あったので、念のため更にもう1本を予備として加え、合計3本を買っておいた。

そうしたら、一ヶ月の内にその3本の蛍光灯を使うはめになった。

つまり3本の蛍光灯が次々と切れたのだが、3本とも切れそうではなかった箇所の蛍光灯だった。

元々切れそうになって色もピンクっぽく変色していた蛍光灯は、切れずにまだ点いている。

風が当たらない箇所にあるために、長く生き残っているのかもしれない。

風の通り道になっている箇所にある蛍光灯は、新しくても切れやすいものだ。

それと今回は、3本の蛍光灯をあらかじめ用意していたから3箇所切れたのだろう。

1本も用意していなかったら切れてなかったかもしれないし、1本だけ用意しておいたら1箇所ですんでいたのかもしれない。


小説の中で、何かの小道具が記述されると、その先の場面で、それは必ず誰かの手によって使われるものだ。

人がお金を沢山隠したり溜め込んだりしていると、後に必ず誰かにそのお金を掠め取られたり、騙し取られたりするものだ。

将来困った時に使えるかもしれないと思い、とっておいたものは、必ずその通りに使われるようになる。


人生って、本当に面白い。

もう使わないだろうと思って断捨離して棄ててしまった物は、やはり本当に、その後の人生において使う状況は訪れない。

とっておいた物は、必ず何らかの形で使われるものなのだ。


亡くなった母の部屋に、未使用の12色の水彩絵の具が置いてあった(おそらく17年ぐらい前から)。

何度も棄ててしまおうか、と思ったものだった。

だがそれを使って今、僕はPOPを描くようになっていた。


それにしても、物っていうものは人間よりも長生きだ。

そしてそこにある限り、必ず使われる運命にあるのだ。



ps

あれ以来、蛍光灯は切れていない。

予備の蛍光灯を準備していなかったからだろう。

切れたら、切れた時に注文すればいいのだ。

アスクルなら、明日届くのだから。