お店の中に、もうじき切れそうな蛍光灯が2本あったので、念のため更にもう1本を予備として加え、合計3本を買っておいた。
そうしたら、一ヶ月の内にその3本の蛍光灯を使うはめになった。
つまり3本の蛍光灯が次々と切れたのだが、3本とも切れそうではなかった箇所の蛍光灯だった。
元々切れそうになって色もピンクっぽく変色していた蛍光灯は、切れずにまだ点いている。
風が当たらない箇所にあるために、長く生き残っているのかもしれない。
風の通り道になっている箇所にある蛍光灯は、新しくても切れやすいものだ。
それと今回は、3本の蛍光灯をあらかじめ用意していたから3箇所切れたのだろう。
1本も用意していなかったら切れてなかったかもしれないし、1本だけ用意しておいたら1箇所ですんでいたのかもしれない。
小説の中で、何かの小道具が記述されると、その先の場面で、それは必ず誰かの手によって使われるものだ。
人がお金を沢山隠したり溜め込んだりしていると、後に必ず誰かにそのお金を掠め取られたり、騙し取られたりするものだ。
将来困った時に使えるかもしれないと思い、とっておいたものは、必ずその通りに使われるようになる。
人生って、本当に面白い。
もう使わないだろうと思って断捨離して棄ててしまった物は、やはり本当に、その後の人生において使う状況は訪れない。
とっておいた物は、必ず何らかの形で使われるものなのだ。
亡くなった母の部屋に、未使用の12色の水彩絵の具が置いてあった(おそらく17年ぐらい前から)。
何度も棄ててしまおうか、と思ったものだった。
だがそれを使って今、僕はPOPを描くようになっていた。
それにしても、物っていうものは人間よりも長生きだ。
そしてそこにある限り、必ず使われる運命にあるのだ。
ps
あれ以来、蛍光灯は切れていない。
予備の蛍光灯を準備していなかったからだろう。
切れたら、切れた時に注文すればいいのだ。
アスクルなら、明日届くのだから。