ようやく、私の存在に気づいてくれたようですね。
嬉しいです。
でも、遅すぎるよ!
いえ、ごめんなさい。
遅すぎます。
だって、私が死んでから44年も経っているんですからね。
私が自殺した本当の理由はね、先輩の心の中に入りたかったからです。
私はちっとも可愛くはなかったし、ただ丈夫で元気なだけが取り柄の、文字通り田舎の農家の娘でした。
先輩の前に立つと、指が太くてとても恥ずかしかった。
先輩は男なのに、細い指でした。
私はいつも先輩の、その細い指を見つめていた女の子でした。
先輩が、可愛い女の子に目がないってことは分かっていました。
私の先輩への想いは永遠に届くことはないって、諦めていました。
でも、どうにかして先輩のために何かをしてみたいと、ずっと想っていたんです。
ソリッドな形を持った肉体では、先輩と結ばれることは決してない。
だけど、フルーイドな、形を持たない流動体になれば、先輩と結合できるんだってことに、私は気づいたのです。
それが、十和田湖で自殺を計った一番大きな理由でした。
先輩の心の中に溶けて、混じり合ってみたかったんです。
私は自殺未遂で生き残ることはなく、一回の試みで見事に成功しました。
そしてすぐに先輩の潜在意識へと飛び、結合したのです。
あれから何度か先輩は、人生の危機に直面しましたよね。
その度に先輩は、何かの目に見えない力によって、救われたはずです。
先輩は、自分はなんて運がいいんだ!と、その度に感嘆していたけれど、あれは全て私が身体を張って先輩を護っていたからなのです。
身体のないフルーイドな私が、身体を張ってという表現はちょっとおかしいけれど、肉体を持たない身になっても、何故かいつも私は、自分の肉体がまるでそこにあるかのように感じてしまうのです。
先輩は、何の前触れもなく、連絡もなく、説明もなく、留保すらもなく、地方の実家に、ある日忽然と帰ってしまいましたね。
先輩がいなくなってしまった東京は、酷く淋しくなった。淋しくて、どうしようもなくなった。
だから私も、何の前触れも、連絡も、説明も、留保もなく、先輩の実家を訪ねました。
そして「これから、秋田へ行きます!」と、告げたのです。
その時ふと、秋田へ行ってみようって、思いついたのです。
東北の辺地の淋しさは、私の心の淋しさに同調してやすらぐだろうなって、そんな気がしたのです。
先輩は、「そうなんだ!秋田へ行ってしまうんだ」と、誰にともなくつぶやいたきり、それ以上何を云う訳でもなく、ただ黙って、駅までの道のりを送ってくれただけでした。
電車に乗った私は、一粒の涙を流しました。
そして唇を固く結び、秋田へと向かったのです。
その日が、ソリッドな肉体を持った女の子としては、先輩との最後のシーンとなりました。
先輩がこれまで時折、私がなんで死んでしまったのか?って想いをはせてくれたことは、もちろん知っていました(先輩の意識と私の意識は、ひとつに溶けあっていたから)。
先輩は私でもあり、私は先輩でもありました。
「まさか!?僕の守護霊に、君がなっていたなんて」
ようやく、気づいてくれたんですね。
私は44年間、先輩をお護りしてきました。
これからもずっと、お護りします。
先輩の心の中に棲むことができて、今は幸せです。
それにしても、先輩の心の中は、とても暖かいですね。
居心地が、とてもいいです。