長い急こうばいの坂道。
幼いぼくは、母の後をゆっくりと歩いている。
十数メートル先を歩いている母が、振り返って、ぼくを見て微笑む。
その眼は、「お前は、まだそんなところを歩いているのかえ。早くお母さんの所へ来やしゃんせ」と、語っているようだ。
幼いぼくは、そんな母の姿を見て、大泣きしてしまう。
きっと母と離れて歩いているのが、たまらなく淋しかったのだろう。
実際にこんなシチュエーションは、母とぼくの間には起こらなかった。
第一に、そんな坂道を歩いた記憶すらもない。
でも、時々こんな光景を想い出した時には、いつでも涙ぐんでしまう自分がいる。
さだまさしさんの「無縁坂」という曲の中にも、これと似たようなシーンの描写があり、だからぼくはこの唄を聴く度に必然的に涙がにじむことになる。
最近は中森明菜さんもカバーされていて、明菜さんの唄でも泣けるのだ。
何故なのだろう?
ぼくの過去世の中で、きっとそのようなことがあったのだ、と今は想っている。
生きる目的
生きるってことの真の目的は
いろんな人がいろんな意見を云うと思うけれど
ぼくは、自由を消費することだと思っている
死んでしまったら、自由を消費することはできない
生きている人だけの特権だ
失敗したっていいぢゃないか
正岡子規は、三十五年という短い生涯の間に、二千を超える俳句や短歌を詠んだ
だが、秀作として今日評価されているものは、そのうちの二百ぐらいなものである
つまり大半の千八百以上の作は、いわゆる素人の域を出ない駄句であったというわけだ
子規ですらそうだったんだから、凡人のぼくは、千のうち一つでも何かが遺せればいいんだな、と思う