数多(あまた)の恋もうつ病も、その始まりは同情からであるのかもしれない。
だいぶ昔に読んだ、山本周五郎著「柳橋物語」のナラティブを紹介しよう。
おせんという名の少女が、江戸の指物師(家具職人)の親方の所で、下働き(女中のようなもの)として奉公していた。
そこには、幸太と庄吉という二人の若者が、職人として親方の元で修行していた。
幸太は指物師としての腕もよく、明るく如才なく、親方のお気に入りだった。
庄吉の方は指物師としての腕はイマイチであった上、卑屈な性格であった。
おせんは、親方はどうして幸太さんばかり可愛がるのかしら?あれじゃあ、庄吉さんが可愛相だわ、といつしか庄吉に同情していた。
ある日のこと。庄吉は親方から呼びつけられ、お前は上方(京都、大坂)へ行ってもう少し修行して来いと云われる。
上方への出立の前の晩、庄吉はおせんを呼び出して告げる。
「おせんちゃんのことが好きだ。俺が上方へ修行に行っている間、幸太のものにならないでいてくれ。きっとりっぱな職人になって戻ってくるから、それまでおせんちゃん、待っていてくれるかい?」
おせんは、思わずこっくりと頷いてしまう。
庄吉が旅立ったあと、おせんはこれまで以上に幸太との距離を置くようにしていた。
そんなことを知らず、幸太は相変わらずどこかへ仕事で出かけては、帰って来た時には必ず「ほら、みやげだよ!」と云って、おせんに小間物などを放り投げて寄越すのであった。
数年後、江戸で大火があり、おせんの住む長屋一帯が炎に包まれていた。
幸太はすぐさま駆けつけて来て、病気で寝込んでいるおせんの親(父か母は忘れた)を背負って、おせんと共に逃げてくれた。
だがその途中で、幸太とおせんの親は炎に包まれて死んでしまう。
おせんはあまりのショックで、盲目になってしまうのだった。
それから更に数年後、庄吉が上方から戻って来た。
庄吉はおせんを見て、なじるのだった。
幸太と火事の中、一緒に逃げたことを。
そして「めくらになった女になんぞ用はねえや」と云い捨てて去ってゆく。
その時になっておせんは、ようやく気づくのだ。
ずうっと庄吉のことを想い、待っていた自分が馬鹿だったと。
本当に自分のことを想ってくれていたのは、幸太さんの方だったのだ、と。

うつ病も、同情から始まるのです。
お母さんがうつ病にかかっていると、子供たちはうつ病になるか、喘息になるか、アトピーになるか、そのいずれかになるケースが多いのです。
同情するということは、その人に心を寄せることです。
一見ちっとも悪くない行為のようですが、注意したいものです。