夏目漱石「こころ」の中で、大学生の〈私〉は、自分のおじさんをとてもいい人だと思っていたのだが、ある時を境に、とても悪い奴だと思うようになる。
「坊っちゃん」の中でも、一見良さそうに見える赤シャツが悪い奴で、悪い奴だと思っていた山嵐が、存外いい人だったりする。
悪人というのは、胸に〈悪人です〉という名札を付けて歩いている訳ではない。
悪人と善人を、何故見分けられないか?というと、善人の中に悪人も含まれているからである。
テレビのコメンテーターや政治家で、いつも良いことを云っている人が、私生活では真逆の行為をしていることはよくあることだ。
善人の対極に悪人がいるのであれば分かりやすいのだが、現実はそうではない。
善人の中に悪人が棲んでおり、悪人の中に善人が棲んでいたりもする。
凶悪犯罪を起こした父親でも、子供たちにとってはとても良いお父さんに映っていることもあるのだから。
「ならば、一体どうやって良い人と悪い人を見分けるのですか?blondcoco さん」と問われたのなら、ぼくの答えはこうだ。
それは分からない。人が何歳で死ぬのか?と訊かれても分からないように。
でも、それが人生なんだ。
分からないからこそ、人生は面白いとも云える。
どんなに良い人でも、瞬時に悪人に切り変わる時がある。
ただ、そのことを知ってさえいればいいんだ、とそんな風に答えるだろう。
生が死を含んでいるように、善が悪を含んでいる。
絶望が希望を含んでいる。
もしも、希望しか存在しない世界があったとしたら、更なる希望がそこから生まれることはおそらくない、と思う。
ぼくらが生きている現実世界の現象には、すべからく対極の世界が存在をし、そしてそれは同時に、対極の物を含んでいる。
躁が鬱を含み、陽が陰を含み、明が暗を含み、挫折(失敗)が成功を生み出しているのだ。
そういえば、ひなびた町の雑貨屋さんの POP に、こんなのがあったよ。
「このお店には、何(なん)でもある。
そして同時に、何もない!」

小学生や中学生、高校生の子が、うつ病と診断されたとしても大丈夫です。
子供というのは、元々うつ的な気分を持っているものだし、大人の場合と比べると10倍以上速く完治します。
何故なら、彼らにはまだ、思考のクセがないからです。
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