こころ塾 メモ | blondcoco の人生相談

blondcoco の人生相談

マーケティングから恋愛問題まで、あらゆる お悩み相談室ブログです。
朱夏世代(30代、40代)の うつや思春期特有の悩みが 得意分野です。


井戸端はかつて、彼よりもずっと年下の女性に叱責されたことがある。

井戸端が、その地域で一番の繁盛店(雑貨店)を訪ねて行った時のことだった。

その若き女性店長が、自慢気に自分の店の陳列の素晴らしさを強調して説明していた時であった。

彼女は、いきなり井戸端に対して「なんで、メモを取らないの?」と、語気を荒げたのだ。

井戸端は、少なくとも熱心に、彼女の話には耳を傾けていた。

彼女の口振りから察するに、メモを取らずに人の話を聞いているのは、真剣味が欠如しているように見えたのだろう。

でも、井戸端は思ったのだ。

メモを取ったからといって、そのメモを後で見返すことはあまりないように思えた(過去の経験に照らし合わせても、せいぜい1~2度ぐらいのものだ)。

人は、メモを取ったことで安心してしまうのではないか?

むしろメモを取らずとも、一生懸命に聞いた話の方が、その内容について、数年経ってもよく覚えていることが多い。

例えば、恋人から別れ話を切り出された時など、人はメモを取らない。

それでも、強烈にその言葉は覚えているものだ。

数年経って忘れてしまうような話ならば、それはそれだけの話であったというだけのことだ。

本当に心から感銘を受けた話は、数十年経ても決して忘れたりはしない。

メモは、往々にして数週間後には散逸してしまったりする。

加えるに、メモを取ることに集中するあまり、話の内容は二の次になってしまうこともあるのだ。


カメラについてもしかり。

観光地などで名所旧跡をパチリと写真に収めても、人は何年かすると、そんな写真撮ったっけ?とよく思ったりするものだ。

写真を撮ったことで安心して、その風景のことを忘却してしまうのだろう。

一方では写真を撮らずとも、その光景を、瞼を閉じればありありと想い出すこともある。

目の奥のフィルターに焼き付けた記憶の方が、人は忘れないものなのだ。

実際、井戸端は、青春時代を過ごした街並みを忘れてはいない。

むしろ、その時の記憶を永遠のものとしたいが故に、数十年経った今も、変遷したであろうかつてのあの街並みを見てみたいとは思わないのだ。








君の棲んでいる世界と、いつも隣り合わせにするようにして、別の世界(カオス)が存在しています。

ですがその世界は、肉眼で見ることは出来ません。

空気が見えないのと同じように。

でも空気は、息を吸ったり吐いたりする時に、確かにそこに存在していることを感じることは出来ます。

それと同じように、別の世界(無の世界)のことも、日常的に感じてほしくて、ぼくはぶろんどこころ塾を始めたのかもしれません。

諸々の人生相談 お受けしております。

Phone 0478 -83 -2322