
何年か前のことですが、ひなびた町の雑貨屋さんに、スージーズーのカークッションが置いてありました。
車内で使うクッションですが、お部屋のインテリアとしても使えそうだったので、あけちゃんに頼んで POP を描いてもらったことがあります。
文面コピーには、次のように書きました。
【お部屋のアイキャッチに!】
そうしたら ある日のこと、30代ぐらいの主婦の方が入って来られて、「アイキャッチって何!?」と、声高に云ったのです。
「えっ!?」と、僕はびっくりしてしまったのです。
だって、アイもキャッチも中学生でも(あるいは小学生でも)知っている英単語ですよね。
アイは目で、キャッチは捕らえるだから、つまりは人の目を捕らえること、すなわち人の視線を集めるという意味な訳です。
その主婦の方は、アイもキャッチも その意味は充分に知っていたと思うのです。
ところが、2つの単語を組み合わせただけで、解らなくなってしまったのです。おそらくは。
このことから、僕は 以下のことをアナロジーしたのです。
考えるということは、組み合わせである、と。
何かを考え出すということは、これまで誰もが考えなかったことを思いつくことではありません。
我々 凡人が考えることなど、たかが知れています。
仮に一歩譲って、これは斬新なアイデアだ、今まで誰も考えた人などいないはずだ、と 一人悦に入って ほくそ笑んだとしても、それと同じ考え方をしている人は、世界中には おそらく ごまんといます。
あるいは過去にさかのぼっても、明治や江戸時代、平安時代にも、そのように考えた人は確かに存在していたと思うのです。
頭のいい人と凡人の大きな違いは、一体 何でしょう?
おそらく僕が思うには、思考力というよりも、むしろ 組み合わせ力です。
A と B の考え方を結びつけたら どうなるか?
あるいは、A と B と C を組み合わせたら どうなるか?
A という問題について、うんうんと唸りながら、一日中考えてしまうのが凡人です。
A という問題に、B を組み合わせてみたら どうなるのだろう?と考えるのが、頭のいい人なんですね。
ある日のこと、ペンケースを買いに来た人がいました。
気にいったキャラクターだったし、買おうと思ったのですが、値札タグには ポーチと表記されていました。
それを見るや その人は、そのポーチ(ペンケース)を買うのを あきらめました。
ポーチと書いてあったからです。
おかしいですよね。
メーカーは、便宜上ポーチと表記しただけです。
別に、ペンケースとして使っても、何の問題もない訳です。
嗚呼、世の中 考える力が だいぶ弱くなっているな、と 慨嘆するこの頃です(自分も含めてね)。
世の中 馬鹿なのよ(反対から読んでみて下さい)
ヨノナカバカナノヨ
Ps blondcoco より贈る言葉
他人から 嫌われることは、
悲しむべきことではない。
本当に 悲しむべきことは、
何とも 思われないことである。