○ 部屋の中

   

   整理された室内。

   高級桐タンス、クローゼット、鏡台な

   どが並んでいる。

   ドタドタと足音が聞こえ、部屋に入っ

   てくる理恵(28歳)。

   その後に続く卓也(30歳)。

理恵「だから言ったでしょ。もう我慢の限界」

   クローゼットを開け、大きなバッグを

   ふたつ取り出し、床に放り投げる。

卓也「お前、何言ってんだ」

理恵「ダメなのよ、もう何もかもダメなの」

   タンスの中から衣類を出して、バッグ

   の中に乱暴に詰めはじめる。

   それを止めようとする卓也。

理恵「放してよ。邪魔しないで」

卓也「聞いてなかったぞ、こんなこと」

理恵「言ったら止めたでしょ。だから言わな

 かったのよ」

   鏡台の引き出しから化粧品や通帳など

   を取り出しているが、急にその手を止

   めて涙を拭う理恵。

理恵「私、お義母さんとやり直す自信ない」

卓也「何言ってんだ、お前!」

   二人のあいだに流れる間。

店員「…いかがですか」

理恵「うん、洋服もたっぷり入るし、クロー

 ゼットもタンスもスッと開くし、いい感じ

 よね。候補に入れるわ」

店員「ありがとうございます。では次を…」

   高級家具売場を案内される理恵。

   その後をうなだれてついていく卓也。

卓也「…俺たち、結婚もまだなんだぞ」


                   終

父 アホ! 遊んで暮らしてるわけやない。お父ちゃんを雇ってくれる太っ腹な会社がなかなか見つからへんだけや…ああ、そうや! 太郎!

子 何や、お父ちゃん?

父 ええ会社、見つかったわ。

子 ほんま?

父 給料は安いけど、ボーナスはちゃんと出る。もちろん退職金も出る。しかも!

子 しかも?

父 あんまり勉強できんでも、入れてくれる。

子 ほんまに? それ、どこ?

父 お父ちゃんの行ってた会社や。

子 何言うてんの? 自分をリストラした会社が何でええ会社なんやな?

父 だからこそ、シッカリした会社やて言うてるねん。

〈 僕と親父の生きる道 終 〉

父 …ほな、お前の思う、ええ会社っ てどんなんやねん?

子 そらやっぱりシッカリした会社やな。

父 シッカリした会社てなんやねん?

子 月々の給料は安うても、年に二回のボーナスはキッチリ出してくれる会社。

父 なるほど! それはええ会社や。お前こそ、なかなかシッカリしてるやんけ。

子 そやろ?

父 そのボーナスで、お前は両親にお小遣いをたっぷりあげようて魂胆やな?

子 誰もそんなことは言うてへんがな。

父 そやけどお前、今の世の中、ボーナス減額どころか全額カットの世の中やで? ボーナスが欲しかったら、それこそ猛勉強して、よっぽど大きな会社に入らんことには…

子 そうかなあ…

父 そらそうやで。

子 あ、それから退職金もぎょう山欲しいな。

父 退職金? そんなもんはいらんがな。

子 いらんことあらへんがな! 退職金が無かったらボクの老後が大変やんか。

父 わしの老後に関係ないがな!

子 お父ちゃんの老後、関係あらへんやん!

父 冷たい奴やな!

子 自分の老後が大変やのに、他人の老後まで心配できるかいな。

父 他人ちゃうがな!

子 他人みたいなもんやがな。お父ちゃん、人間、死ぬときは独りやで。

父 やかましいわ! …まァでも、冗談抜きにして、確かに退職金が貰えるか貰えへんかは重要なことやな。

子 お父ちゃんかて、リストラされたときにちゃんと退職金出して貰ったから、今、遊んで暮らせてるんやろ?

父 アホ! 遊んで暮らしてるわけやない。お父ちゃんを雇ってくれる太っ腹な会社がなかなか見つからへんだけや…ああ、そうや! 太郎!

〈 僕と親父の生きる道 ⑤へ つづく 〉

子 何がそうと分かったらや…そやけどお父

  ちゃん。ええ会社、ええ会社て言うけど、

  ええ会社て一体、どんな会社や?

父 そらやっぱり名前の通った会社やろな。

子 名前の通った会社? 例えば? 

父 例えば山一證券とか、マツヤデンキとか、

  千代田生命、マイカル、大木建設…

子 お父ちゃん…

父 何や?

子 それ全部、倒産した会社やがな。

父 え? いつの間に?

子 いつの間にて…

父 ほ、ほな…そうそう、ええ会社ちゅうた

らやっぱり、給料のええ会社やな。

子 給料のええ会社? どれぐらいやったら

ええの?

父 せめて八百円以上は貰わんとあかんな。

もちろん、交通費と食事は別やで。

子 それ、バイトやんか。

父 ほな人間関係。これは大事やで。

子 人間関係?

父 同じ職場で何十年も働くんやからな。気の強いお局さんみたいな事務員さんに嫌われたら、そらもう大変やで。領収書は素直に落してくれへん…あることないこと噂される…雑巾の絞り汁でお茶を入れられる…おかずの中にキャットフード混ぜられる…

子 嫁姑戦争みたいになっとるやんか。

父 それだけ大変なことになるていうてるねん。そんな扱いを受けんためには、例えば出張に行ったら名物の甘いもんを忘れんように土産に買うてきてやな…

子 えらい実感のこもった話やけど、でもそれは、勉強してええ大学に入って、ええ会社に入るていう話と関係ないのと違う?

父 …ほな、お前の思う、ええ会社っ てどんなんやねん?

子 お母ちゃん、何とかしてえな。

父 お母ちゃん?

子 お父ちゃんから、お母ちゃんに何とか言

うて欲しいねん。

父 お前、無茶言うなよ。お父ちゃん、自分

のこともろくに、お母ちゃんに言えへんのに、

他人のことなんか言えるわけ あらへんがな。

子 他人ちゃうがな!

父 他人みたいなもんやがな。人間、死ぬと

きは独りやで。

子 死んでどないすんねん。…なあ、そんな

こと言わんと。今度、若奥さん、紹介するから。

父 お前、小学生のくせに交渉の仕方がオッ

サンみたいやな…まァ、ええわ。そう

いうことなら、話だけでも聞いたろ。

何や? 言うてみ。

子 お母ちゃんがな、ボクに勉強せえ、勉強

せえて言いよンねん。どない思う?

父 何がおかしいねん? 小学生が勉強する

のは当たり前やないか。結婚せえ、結

婚せえて言うんやったら問題やけどな。

子 それでも限度があるで。

父 お母ちゃんが、それだけお前のことを可

愛いと思てるていうことやないか。

子 鬼みたいな顔して言いよるねんで?

父 笑とるときは、もっと怖いがな。

子 そらそうやな。

父 お母ちゃんはな、お前が一生懸命勉強し

て、ええ大学に入って欲しいんや。

子 ええ大学に入ったら、何かええことある

のんか?

父 ええ大学に入ったら、ええ会社に就職で

きるがな。

子 ええ会社に就職したら、何かええことが

あるのんか?

父 ええ会社に入ったら、ええ給料がもらえ

るがな。

子 ええ給料もろたら、何かええことがある

のんか?

父 お前がええ給料もろたら、お父ちゃんと

お母ちゃんの老後が安泰やないか。

子 何や、やっぱり自分らのためかいな。

父 当たり前やがな。何のために安月給で無

理してお前を育ててると思てんねん?

子 何の自慢やな。

父 そうと分かったら、お父ちゃんとお母ち

ゃんのために、早よ、猛勉強してこい。

子 何がそうと分かったらや…そやけどお父

ちゃん。ええ会社、ええ会社て言うけど、

ええ会社て一体、どんな会社や?

〈 僕と親父の生きる道 ②へ つづく 〉

〈 僕と親父の生きる道 〉

子 お父ちゃん、お父ちゃん。

父 何や、太郎。アホみたいな顔して。

子 アホみたいな顔て…。お父ちゃん似やて

  よう言われるで。

父 いらんこと言わんでええ。

子 その「いらんこと言い」なトコも、お父

  ちゃんに似てるて、よう言われるわ。

父 やかましいわ!

子 その、やかましいトコが一番…

父 しつこいな!

子 そのしつこいトコがこれまた瓜二つ!

父 …あのなァ、わし今、忙しいねん。あっ

  ちで遊んどけ。

子 お父ちゃん、今、忙しいの?

父 そうや。

子 珍しいな?

父 そうやなァ……て、うるさいわ!

  このクソガキ!

子 何やと? このクソ親父!

父 下品な言葉を使うな! 親の教育が疑わ

  れるやろ。

子 教育が疑われる? 成る程、それでか…

父 何がや?

子 親の顔が見たいて、よう言われるねん。

父 お前、よそで何をしとんねん? 

子 見掛けに寄らず、お父ちゃん人気あるん

  やなァて思てたんやけど…何や、疑われ

  てるンかァ…

父 当たり前やろ。ええか? お前がよそで

  アホなことしたら、親のわしまでアホや

  と思われるんやから気ぃ付けぇよ。

子 そやろなァ。おかしいと思たんや。あん

  な美人の若奥さんが、何でお父ちゃんな

  んかに会いたがるのか、不思議でしゃあ

  なかったんや…

父 美人の若奥さん? それを早よ言わんか

  い。顔見たい言うてはるんやったら、お

  連れせんかいな!

子 嫌や。

父 何でや?

子 ボクまでアホやと思われる。

父 このクソガキ!

子 このクソ親父!

父 …もうええわ、あっち行け、あっち!

子 ごめん、ごめん。冗談やがな。

父 何が冗談や。

子 実はな、お父ちゃんに相談にのって欲し

  いことがあるねん。

父 相談?


〈 僕と親父の生きる道 ②へ つづく 〉

夫 ちょっと待ってくれ…帰る前に一つだけ

  聞かせてくれ。わしの病名は何や? 不

  治の病やて言うても、病名ぐらいはつい

  てるやろ?

妻 病名? そんなん聞いてどうするの。聞

  いて寿命が延びるわけでもあらへんで?

夫 そやけど、せめて自分が何の病気かぐら

  いは知っておきたいがな…

妻 聞かん方がええと思うけどな。

夫 大丈夫。わしも男や。覚悟は出来てる。

  例え明日、この身が朽ち果てたとしても、

  無様にうろたえたりはせえへん。

妻 そやからこそ心配やねん。そんな恥ずか

  しい思いするんやったら、今すぐ死にた

  くなるかも知れへんよ?

夫 恥ずかしい? そんな病気? 性病か?

  いやいや、インターネット見てるだけで

  そんなことになるはずは…いや、でも最

  近は何が起こるか分からんからな…なん

  ちゅうても、手の施しようがない不治の

  病やからな…

妻 あんた?

夫 はい…

妻 ほな、言うで。あんたの病名はな…

夫 わしの病名は? …何病や?

妻 『臆病』や。


〈 不治の病 終 〉

妻 あんた、あんた…

夫 …ん? ここは?

妻 病院や。あんた、痛みで気を失うたから、

  救急車で運んでもろたんや。

夫 そうやったんか…心配かけたな。

妻 …気分はどうや?

夫 うん…ちょっとは楽かな?

妻 そうか。そら良かった…

夫 深刻な顔してどないした?

妻 先生が、盲腸やないて言わはるねん。

夫 え?

妻 もっと厄介な病気。あんたの想像通りや。

夫 わし、難病なんか?

妻 不治の病やな。

夫 …不治の…病…?

妻 レントゲンやら血液検査やら、色々やっ

  て貰たんやけどな…

夫 (ゴクリ)どうやった…?

妻 現代医学では手の施しようがないらしい。

  せめてもう少し早よ病院に来てたら、救

  急車に乗る様なことはなかったやろて…

  …あんた、聞いてるか?

夫 ……うん。聞いてる。

妻 さ。ほな、ぼちぼち帰ろか。

夫 え? 退院してもええんか?

妻 治療の仕様がないのに、病院にいても仕

  方がないやろ?

夫 そら、そうやけど…

妻 ほな、帰ろ。

夫 ちょっと待ってくれ…帰る前に一つだけ

  聞かせてくれ。俺の病名は何や?

〈 不治の病 ⑤ 〉に つづく

妻 なるほど。便利な世の中やなァ…どう?

  …ん? …ちょっとあんた、その写真は

  何やの?

夫 あ、いや、これは…

妻 こそこそ隠れて、そんなイヤラシイホー

  ムページ見てたんか?

夫 何やろな、これ? ウイルスかなァ…

妻 仕事で使うて言うから、高い金出してパ

  ソコン買うたのに、そんなもん見るんが

  目的やったとはな!

夫 あ、イタタタタタ!

妻 痛いのはうちの家計や! こうなったら、

  ちゃあんと高い保険に入ってから、入院

  してもらうで。

夫 殺生な。早よ、病院に連れて行ってくれ。

妻 あかんあかん。どこの保険がええか、ネ

  ットで調べてからや。

夫 鬼やな、お前。アイタタタ… あかん。

  本格的に痛なってきた。こらやっぱり、

  盲腸なんかと違うで。アイタタタタ…

妻 もう、そんな演技は………あんた? ほ

  んまに言うてるの? しっかりしよし!

  あんたァ!


×    ×    ×    ×    


妻 あんた、あんた…

夫 …ん? ここは?

〈 不治の病 ④ 〉に つづく

夫 何言うとんねん。そやけど、その例えが

  ほんまになったらどないする?

妻 再婚する。

夫 どあほ!

妻 そやかて、そんなこと急に言われても…

夫 そやろ? そやから病院行く前にちゃん

  と確かめてから行かなあかんねん。

妻 確かめて、盲腸と違たらどないすんの?

夫 そらお前、その時はそれなりの準備をせ

  なあかんな。立つ鳥あとを濁さずや。

妻 鳥? お腹からハトでも出すんか?

夫 アホか! そんなもん腹に仕込んでどな

  いするねん。病院でポッポポッポ言わせ

  てる場合か! わしは手品師ちゃうど。

妻 暗いムードを和やかに…

夫 してどないするねん! 違うがな。世話

  になった人に挨拶したり、身の回りの整

  理をしたり…

妻 保険に入ったり、家の名義変えたり…

夫 …あのな。

妻 そうそう。新しい墓地買うたらお金かか

  るから、遺骨は庭に埋めてええかな?

夫 わしはペットか!

妻 ハトと一緒に埋めたげるがな。

夫 ハトは要らん、ハトは! とにかく、盲

  腸かどうか、まずは自己診断や…ところ

  で盲腸てどっちやった? 右か?左か?

妻 あんたサウスポーやから、左と違うか?

夫 そんなもん関係あるかい! 左利きでも、

  付いてるんもんは同じとこに付いとるわ。

妻 確か、左やったと思うけど…

夫 わしの記憶では右やねんけどな…あ、そ

  うや。ちょっとパソコンつけてくれ。

妻 遺書でも書くんか?

夫 気が早いわ! 書くときはちゃんと筆で

  書くわい。

妻 今風に、メールで皆に送るんかと。

夫 そんな気軽に送るもんと違うやろ…イン

  ターネットで盲腸のことを調べるんや。

妻 なるほど。便利な世の中やなァ…どう?

  …ん?

〈 不治の病 ③ 〉に つづく