文化の狭間
正月、中国雑技団の公演を見た。いつもながら人間業とは思えないアクロバチックな動きに目もそぞろであった。しかし、気になることもあった。2番目の演目がバレーであった。チェチェなるバレーの正式な衣装を着た女性が、オリンピックの体操競技にでも出てきそうな格好の男性の肩や頭の上でつま先だってくるくる回転したり、バランスを取ったりするのである。まさに人並み外れた身体のやわらかさとバランス感覚で観衆を魅了し拍手を勝ち取っていた。しかしである。
私にはどうにも釈然としないものが残った。あれはバレーだったのか。曲芸だったのか。明治時代にバレーを日本に伝えたロシアの女性は芸術家として扱われることを望んだにもかかわらず、寄席で落語や手品の合間に踊らされて屈辱を感じたという話を聞いたことがある。バレーを一個の完成された舞踏劇と見るか、曲芸と見るかはその国の文化水準にもよるであろう。私は中国の今の文化水準が低いと言いたいのではない。私が驚いたのはその全くの「悪気のなさ」である。明治時代の日本人もきっと彼らと同じくバレーを低く見ていたわけではないのではないかと今日思い至ったわけである。一つのものを見てそのどこに関心をもつかは個々の勝手であり、どちらが上とか下とか言うべき筋合いのものではないのではないか。
にもかかわらず、かのロシア人プリマドンナのように文化の狭間の最前線に立つものは、そのプライドの果てしない後退を余儀なくされることが往々にしてあるであろう。しかしである。それこそが人の営みの悲しさであり、やがて新しき理解と希望に変わる契機となる事象ではないか。彼ら中国雑技団の人たちも観ている我われもその悲しさを共に担っているのではないか。そう思えたのである。
それにしても、彼らがうまければうまいほど物悲しい気持ちになるのは年のせいであろうか。以前サーカスといえば必ずといっていいほど流れた「美しき天然」の曲が耳元で聞こえてくるようでもあり、中原中也のサーカスにでてくる「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」という響きが天井から降り注いでくるような錯覚のなかで、そういう感慨に至ったのである。
蜘蛛の糸
芥川龍之介に『蜘蛛の糸』なる短編がある。わずか数ページの小品ながら妙に印象に残る作品である。その粗筋といえば次のようなものである。「散歩中のお釈迦様がふと地獄を覗くと、泥棒のカンダタが血の池でもがき苦しんでいる。カンダタがたったひとつ善行を積んだのを思い出されたお釈迦様は、救いの手を差し延べる。カンダタは、たらされた蜘蛛の糸を手繰って、上へ上へとよじ登っていったが、下を見ると、大勢の罪人が後を追ってよじ登ってくる。『この蜘蛛の糸は俺のものだ、下りろ、下りろ。」と彼はわめく。すると糸はぷっつり切れ、奈落へ落ちてしまう」。この話を最初に読んだとき、お釈迦様も了見が狭い。人の弱さを知り尽くしているなら、救い通してやればよいのにと思ったものである。
しかし、人の救いや幸福ましてや平和というものは自分だけよければそれで済むというものではあるまい。ノーベル平和賞受賞者Jimmy Carter, Martin Luther King, Jr., Mother Teresaの3人は平和のために尽くしたと多くの人に認められた人たちである。決して、「これは俺の蜘蛛の糸だから、おまえたちは下りろ。」とは言わなかった。
因みに、この話はもともとドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の中に挿入されたキリスト教系の民話がもとになっていて、そこではカンダタは意地悪婆さんに、蜘蛛の糸は葱に、そしてお釈迦様は神様と守護天使に置換わっているそうである。
