セラフのあるマンションの管理人さん・・・、
タンゴを踊っているそうです。
24日は管理人さんの通われているタンゴ教室のパーティーがあると伺い、
今まで見たことのない世界をのぞいてみたくて、
お邪魔することにしました。
場所は銀座。
プランタンのすぐそばのお洒落な大人の雰囲気のレストランでした。
120人ほどのタンゴを好きな方たちが大集合!
正直、タンゴ人口がこんなにいるとはびっくりしました。
そして、踊られている方たちの年齢層が高いことに、
これもびっくりです。
とても素敵なおじ様おば様方が、
素敵に踊られているのです。
BIGLOBEの社長・飯塚久夫さんもいらっしゃっていて、
奥様と踊っていらっしゃいました。
もちろん、若い方たちもいましたが、
私の両親ほどの年齢の男女が、
タンゴを踊るってお洒落だなぁっと思いました。
タンゴ・・・、
よくソシアルダンスで踊られているタンゴは見たことがありましたが、
アルゼンチンタンゴを実際見たことはありませんでした。
見てみてまず感じたこと・・・、
ソシアルダンスはお互いが背中を沿った状態で踊っているイメージですが、
アルゼンチンタンゴは頬と頬をくっつけて踊るのです。
すごく接近して踊るのですね。
デモンストレーションでは、
プロのダンサーがため息の出るダンスを披露してくれました。
ライラ&レアンドロ・オリベル |
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1997年、アルゼンチンタンゴのダンサー、振付家、教師として活動を開始。 同年、日産タンゴブエノスアイレスで初来日。その後、ファン・カルロス・コペス率いる「コペス・タンゴ・コペス」に出演し、メインダンサーとして「タンゲーラ」にも出演する。そして、モラ・ゴドイ率いる「タンゴ・エモーション」にはメインダンサーと振付担当として参加した。 |
(窪田 央/クボタ オウ)
1995年 東京バレエ団に入団。6度の海外公演の他、全国ツアーなど多くの公演に出演。退団後はフリーのダンサーとして、バレエやオペラ等の舞台に立ちつつ、竹原弘将に師事し、アルゼンチン・タンゴを学ぶ。
2006年 タンゴポルシエントのメンバーとして、タンゴリベルタ等の舞台に出演
(間々田 佳子/ママダ ヨシコ)
4歳よりバレエをはじめ、その後、日本テレビ音楽学院にてジャズダンス、日舞などあらゆる舞踊を学ぶ。
2001年 本格的にアルゼンチン・タンゴを学び始める。
その後、ディナーショーをはじめ、数々のタンゴショーに出演。
2007年より窪田央&間々田佳子として活動
主な受賞暦
・第2回タンゴダンス世界選手権アジア大会 ステージ部門 第3位
そして、日本を代表するタンゴ歌手の阿保郁夫さんもいらっしゃって、
お弟子さんたちが歌を聴かせてくれました。
『阿保郁夫さん』
1937年、青森県弘前市生まれ。'58年、大学在学中に顔面マヒを患い、治療の一助としてタンゴ唱法を滞日中だったアルゼンチンの音楽家フェルナンド・テル氏他に師事。'61年、NHKテレビ「歌の広場」でタンゴ歌手デビュー。以降、本場アルゼンチンを始め中南米各国にて公演・録音を行い、各国にて人気を博す。'75年からは、プロデューサーとしてタンゴ、フォルクローレのヒット・レコードを多数製作。'97年暮、還暦を機に10年ぶりのCD「明日は船出」を発売。再び個性豊かなタンゴ歌唱活動に意欲を燃やしている。
音楽も生演奏。
この方たちもとても有名な、日本を代表するタンゴ演奏者のグループだそうです。
今は亡きアルゼンチンタンゴの巨匠アストル・ピアソラから「近い将来ライバルとなるコウジへ!素晴らしい音楽に乾杯!」と喜びのメッセージを受けた日本が誇るバンドネオン奏者。京谷は若くしてタンゴの世界に入り、20歳でオルケスタ・ティピカ東京の第一バンドネオン奏者となり、常に第一線で活躍しその卓越した演奏力はアルゼンチンでも知られる存在である。
1985年 アルゼンチンに渡り研鑽を積み、帰国後中国にて公演
1996年 初アルバム「レコルタシオン」リリース
1998年 ヴエノスアイレスの国立セルバンテス劇場にてオルケスタティピカ東京のバンドネオンソリスタとして出演
2002年 グラナダ・タンゴ・フェスティバルに出演 アンドレ・ギャニオンのコンサートに賛助出演。日本フィルハーモニーの演奏会で、ピアソラの「タンゴの歴史」シリーズを本邦初演奏し話題となる。
コンサート活動のほかに、TV出演、レコーディング、CM音楽、ディナーショー等で活躍中。
初めて接したタンゴの世界。
大人な世界でした・・・。



