ロシアの闇〉「生んで、生んで、さらに生め」10代に出産を推奨、妊娠中絶にも厳しい規制…常軌を逸した人口減対策、明らかなプーチンの失政


ロシアは「人口減」という課題に直面している( Anadolu / gettyimages)
ウクライナ侵攻が始まって以降、深刻さを増すロシアの人口減少の実態を覆い隠そうと、同国の政治家や行政機関が必死になっている。自治体は妊娠中絶を事実上阻止するために医療機関に圧力をかけ、人口分野の統計機関は出生や死亡などの数字の公表を停止した。一部政治家は、人口増につなげようと、年端もゆかない学生らの結婚、出産を声高に推奨している。
2022年に始まった戦争が長期化するなか、ロシア軍は100万人規模の死傷者が出ているとされ、動員や国外脱出により労働人口も減少。政府高官は30年までに、最大310万人規模の労働力が不足する可能性があると明かした。 プーチン政権はこれまでも、多産家族への支援を打ち出すなど出生増による人口の拡大を促していたが、自ら足元を突き崩している格好だ。政権の失政は明白だが、誰も批判できない異常な空気がロシアを覆っている。
学生時代に「生め」
「生んで、生んで、さらに生むべきだ。生まなくてはならない」 「若者らは、大学時代に結婚し、子供を持つべきだ。そうすれば、夫婦関係はちょっとした〝はずみ〟でできた関係ではなくなる。彼らは生涯、ともに歩まねばならないと理解するだろう。子供を持つタイミングは、18〜19歳が好ましい」 ロシア中部スベルドロフスク州出身の女性下院議員は昨年9月、地元テレビでそう訴えて話題になった。彼女が主張するのは、若い両親を祖父母が助ける形の伝統的な家族の形態で、人口を増やすべきということだった。しかし、10代の積極的に学生に子供を持つよう訴えるその言葉は、常軌を逸していると言わざるを得ない。 社会経験が極めて浅く、さらに経済基盤が弱い未成年者の出産は、ともすれば子どもの生活環境や養育に深刻な影響を及ぼし得る。祖父母が育児を助けられるかというのも、本来ならば各家庭が判断することだ。しかし、そのような自然の営みに政府が直接介入しなくてはならない現状が、政権の強い危機感を浮き彫りにしている
しかし、ロシアの地方では、そのような考え方を後押ししようという動きが鮮明になっている。 ロシア中南部チェリャビンスク州では、24歳以下の学生の両親に第一子が生まれた際に、100万ルーブル(約180万円)を付与する制度を導入した。両親の収入規模は考慮されないといい、いかに当局が学生の出産を促そうとしているかが分かる。
妊娠中絶には罰則
一方で、ロシアでは妊娠中絶に対しては、厳しい規制が相次ぎ導入されている。 ロシアメディアの報道によれば、今年6月までに、すでに20以上の州(ロシアが一方的にウクライナから併合したクリミア半島などを含む)で中絶を促進する行為に罰金が科される制度が導入された。法人への罰金額は最大で50万ルーブル(約90万円)というが、金額以上に医療機関への脅しの意味合いが伺える。 ロシアで公式には、妊娠12週間までの中絶を容認しているが、その期間の短縮をめぐる議論が過熱している。政府も事実上、人口妊娠中絶の規制を強化しており、昨年9月には経口中絶薬の流通を制限する法律を施行した。それらの流れから鮮明になる、当局の意向を踏まえるように、地方の病院では中絶手術を行わなくなる動きが広がっている。 プーチン大統領は昨年11月、子どもを持たない生活「チャイルドフリー」をネットやメディア、広告などを通じて宣伝することを禁止する法律に署名した。罰金額は最大500万ルーブル(約900万円)になる。 プーチン政権は「伝統的な家族の価値観」を主張し、女性が家庭において多くの子供を持つことを推奨する。政権と密接な関係にあるロシア正教会のキリル総主教は、中絶の全面的な禁止を求めており、政治だけでなく宗教面からも、そのような社会の流れが生み出される仕組みがある。
加速する人口減少
ロシアの人口は1994年に1億4900万人でピークを迎え、その後は減少と増大を繰り返しながら徐々に減り、2021年時点で1億4500万人になった。減少幅が抑えられたのは、移民の受け入れによる社会的な増加が自然減を相殺したことが背景にある。ただ、減少傾向は今後加速すると予想され、2050年には1割減の約1億3000万人、今世紀末にはさらに減少すると予想されている
ソ連崩壊以降、ロシアは死亡数が出生数を上回る状況が続き、経済不安などを背景に人口が海外に流出する構造が定着していた。プーチン政権が発足した2000年以降は、原油高を背景に経済面では回復したが、独裁的な政権を嫌う若年層を中心に、欧米などに人口が流出する傾向は続いた。
ウクライナ侵攻で一変
人口回復に向けたこれまでの努力を突き崩したのがウクライナ侵攻だ。 まず鮮明になったのは、若年層を中心とした国外流出の激増だ。侵攻開始以降、海外でも仕事を見つけやすい知識階級の若者らを中心に国外脱出が増大。100万人規模の人口が流出したとの調査もある。海外メディアはウクライナ侵攻にともなう人口流出は、1917年のロシア革命や、1991年のソ連崩壊時に匹敵していると報じている。 当然、戦争での死者数も人口減を促す。英国防省は今年6月、ロシア軍の死傷者数が100万人に達したとの推計を発表したが、そのうち死者・行方不明者は約25万人と推計している。人員不足に陥ったロシア軍は、北朝鮮からの派遣兵士に依存せざるを得ず、地方の高齢者らも契約兵として戦場に駆り出さざるを得ない状況に陥っている。 そのような中、将来戦争に赴かなくてはならない子どもを産むことを躊躇する若年層が増大していることは想像に難くない。ロシアの人口学者によれば、2025年1〜3月の出生数は1800年代以降で最低になった。 2月は前年同月比で7%以上落ち込み、月次では過去200年で最低だったとされる。このような状況が、前述の〝学生出産〟推進の背景にある。
頼れない移民労働者
人口減は労働者の深刻な不足という形で、経済の先行きにも深刻な影を落としている。ロシアのコチャコフ労働社会保障相は7月、プーチン大統領に対して同国が2030年までに最大310万人の労働力不足に陥ると報告した。 310万人という数字は、首都モスクワの人口の約4分の1に匹敵する規模だ。特に建設業、製造業で労働力不足が深刻化しており、高齢化を背景にした熟練労働者の減少も指摘される。 労働者不足問題の解決に有効なのは、海外からの移民労働者の受け入れだ。この点で本来ロシアは、旧ソ連圏からの労働者を従来は大量に受け入れており、それが近年の経済成長を支えていた。 ロシアの人口約1億4000万人のうち、実に約5%にあたる700万人あまりが外国からの移民とされる。その8割はタジクやウズベキスタン、キルギスなど中央アジア出身者で、彼らの多くは店舗の従業員や清掃、ドライバー、建設労働者などとしてロシア経済を底辺で支えてきた。ロシア語という共通言語があり、自国よりはるかに給与水準が高いロシアは、これらの中央アジア出身者らに魅力だった。 ただ、ロシアでは外国人労働者の受け入れと、排外主義の傾向の強まりの間で揺れ動いており、現在は再び排外主義が強まっているとされる。 特に昨年、タジキスタン人4人がモスクワ郊外のコンサートホールで銃を乱射して約140人が死亡する大規模テロ事件が発生して以降は、その傾向が強まっているもようだ。ロシアではタジキスタン人が運転するタクシーへの乗車拒否や、経営する店舗への放火などが発生した。 移民労働者たちは、ロシア人と共存しているように見えるが、実際には多くのロシア人は彼らが社会の低位にいるとみなしている。プーチン政権は労働者不足を理由に、安易に移民受け入れを増大することはできないのが実情だ。 ロシアの若者らは、自身の子どもが将来徴兵され、女の子であれば夫を戦争で失うことになる危険が高まっている事実を、他国の誰よりも理解している。そのような状況下で子どもを多く持とうなどと呼びかける政権の訴えを、若者たちは冷笑するほかはない。
佐藤俊介
〈ロシアの闇〉「生んで、生んで、さらに生め」10代に出産を推奨、妊娠中絶にも厳しい規制…常軌を逸した人口減対策、明らかなプーチンの失政(Wedge(ウェッジ)) -