異端の星付きレストラン「ムガリッツ」鬼才シェフが明かす創作の舞台裏
すべてを既存のもので固める人に我慢がならない
ムガリッツのオーナーシェフ、アンドニ・ルイス・アドゥリス。「世界一予約が取れないレストラン」と称された三つ星レストラン「エル・ブジ」のヘッドシェフを務めていたこともある ©2024 TELEFONICA AUDIOVISUAL DIGITAL, S.L.U
映画『ムガリッツ』本予告|9月19日(金)ロードショー
クーリエ・ジャポン
Text by Ayaka Ueda
ガストロノミーの聖地、スペイン・バスク地方にある有名店「ムガリッツ」。「世界のベストレストラン50」に14年連続で選出され、ミシュランガイドには「レストラン以上の存在」といわしめて二つ星を獲得した同店は、奇をてらった料理を提供することでも知られている。
ドキュメンタリー映画『ムガリッツ』では、スペインのパコ・プラサ監督が同店の研究開発チームに密着し、メニュー開発の舞台裏に迫った。料理とは何か? クリエイティビティとは何か? プラサ監督とムガリッツを率いるオーナーシェフのアンドニ・ルイス・アドゥリスに話を聞いた。
普通、人は「おいしいものを食べたい」と思いレストランへ行くだろう。それが高額であればなおさらだ。しかし、「ムガリッツ」でそんな“常識”は通用しない。26年前から同店のファンであり、オーナーシェフ、アンドニ・ルイス・アドゥリス(54)の友人でもあるパコ・プラサ監督(52)はこう説明する。
「食事客として、とても好きなものを食べに行く場所があります。その特定の場所に行くのは、そこの料理の仕方が好きだからです。でも、ムガリッツはそうではない。ここでは、何が出てくるかまったくわからない。それが、美しい体験になるのです
パコ・プラサ監督。『REC/レック』シリーズなどホラー映画監督として知られる。アンドニから、料理のアドバイスをもらうこともよくある ©2024 TELEFONICA AUDIOVISUAL DIGITAL, S.L.U.
ある年、ムガリッツでは腐ったりんごが提供された。プラサによれば、「突然、カビだらけのお皿が出てきた」という。その上にはフランス最古のチーズとも呼ばれる、臭いのきついロックフォールチーズの菌が注入されたりんごがのっていた。
1998年にオープンして以来、ムガリッツは「味」以上の体験を提供してきた。こうした誰もが予想しない料理の数々は毎年11~4月、6ヵ月間の休業期間中にスタッフ総動員で考案される。そして、その年に誕生した料理が翌年以降に提供されることはない
映画『ムガリッツ』9月19日(金)よりシネスイッチ銀座ほか順次ロードショー
プラサは2年にわたる密着取材を敢行し、『ムガリッツ』では革新的なメニューが誕生するまでのプロセスをカメラに収めている。その年、研究開発チームは合計56品の料理を作り、採用されたのは20品ほど。どの料理を採用するか決定する過程で、シェフのアンドニも交えて2回の試食会が開かれた。
なかでも印象的なのが、「へそ」と題された乳白色のゼリーのようにぷるぷるしている料理だ。試食会では、ナイフやフォークを使わず、「へそ」に直接口をつけ、そのへこんだ部分にある液体を吸い込む評価者たちの姿が映される。プラサはこう話す。
「味はヨーグルトの表面のような、少し酸っぱくてレモンのようで、とてもさっぱりしています。でもこの料理の面白さは、味を超えておへそを吸うことです」
この料理の見た目や食べ方から、評価者たちは性的なものに受け取り、「女性器のようだ」「超セクシー」「やりすぎだ」という意見が飛び交った。これに対して、アンドニはドキュメンタリーのなかでこうコメントしている。
「(へそではなく)身体の違う部分を想像した人もいた。つまり、あれが刺激と呼べるものだ」
「繊細さや無邪気さのなかで緊張感を覚える人々がいる。誰もが内部に持つ緊張感を覚えること。ムガリッツでは常に起きる」
「これは叩かれる」と本人も理解していながら、どうして客が不快に感じるかもしれない料理を出すのだろうか。アンドニは、こう説明する。
「ガストロノミーは私たちが探求し、自分自身を見つけるのを助けてくれるのです。それは、私たちを取り巻く世界から学び、吸収したいという、深く、ほぼ強迫的ともいえる好奇心から生まれるものです。これは挑発でも、流れに逆らうことでもありません。チームとプロジェクトを導く絶え間ない探求なのです
キッチンというよりも実験室のような雰囲気 ©2024 TELEFONICA AUDIOVISUAL DIGITAL, S.L.U.
飽き足らぬ探究心
27年間ムガリッツを率いるアンドニの探究心こそが、「世界で最も革新的なレストランの一つ」であり続けることの鍵なのだ。「すべてを既存のもので固める人に我慢がならない」という彼は、日常生活においても新たなことに常に挑戦しようという姿勢を崩さない。
「日々、物事に対して問いかけるようにしています。たとえば、料理とは関係のない話題について本を読んだり、私と異なる意見を持つ人の話を聞いたり、私が自分には問わないような質問をしてくる若者たちに囲まれたりすることです。息子と一緒に時間を過ごすこともそうです」
そして、アンドニは「クリエイティビティは人間の本質的な能力」だとも言う。
「モノを見る視点を鍛え、批判的な意識を発達させ、適切な瞬間に質問をすること。それに、アイデアを持つだけでは充分ではありません。それらを実行し、現実的なものに変える確信が必要なのです」
日本人にもお馴染みの、美食の街サン・セバスチャンを擁するバスク地方には、「おいしいもの」はたくさんある。だが、アンドニはあえてそちらには進まず実験的な方向へ舵を取り、それを形にし続けてきたのだ。
ムガリッツで提供されるものは「食べものではなく知識だ」という彼にとって、この店は「脱アルゴリズム」だと断言する。
「ムガリッツは、ますます単純化を求める世界における複雑さを表しています。私たちは、アルゴリズムがすでに好きなものを見せ、知っている道を案内してくれる時代に生きている。
私たちは『脱アルゴリズム』です。お客さんを、予期しないものの探求──不快感に向き合い、新しい体験を発見することに招待します。視野を広げ、より豊かに生きる可能性を提供します。人々が好むとわかっているものを料理することもできますが、誰かが私たちのしていることをしなければなりません。挑戦し、探求し、新しい可能性を開くことをね