広瀬すず主演の映画『遠い山なみの光』が公開

カズオ・イシグロ「映画化によって、母の物語を語り継ぐことができた」

 

 

 

カンヌ映画祭に参加した原作者のカズオ・イシグロと俳優たち Photo by Michael Buckner/Variety via Getty Image

 

 

 

 

ガーディアン(英国)

 

Text by Xan Brooks

 

ノーベル文学賞で知られるカズオ・イシグロの原点とも言える『遠い山なみの光』が映画化され、日本では9月5日に公開される。語られるのは、喪失感を抱えつつ、かつて長崎で被爆後に子供を宿した女性の物語だ。イシグロが同作に個人的な思い入れをもつ理由を英紙の記者に語った。

 

作家としての原点

 

 

 

『遠い山なみの光』を執筆していた当時のことを、カズオ・イシグロはまだ覚えている。ウェールズ南東部カーディフにあるワンルームのアパートで、ダイニングテーブルに覆いかぶさるような姿勢で書いていた。

当時は20代半ば、いまは70歳だ。「出版されるかどうか、それどころか、作家としてやっていけるかどうかすらわかっていませんでした」とイシグロは振り返る。

「けれども、この物語はいまも私の大切な部分を占めています。作家としての原点であるばかりか、私と日本との関係を決定づけた作品でもあるからです」

 

 

1982年に出版された『遠い山なみの光』は、緊迫した家族の姿を英国と日本、現在と過去を行き来しながら描いた物語だ。そしてこのたび、石川慶の監督・脚本で映画化された。

その謎は新たな枠組みを、その山なみは新たな視点を得て、非常に洗練された緻密な作品に仕上がっている。慎重に配置されたパンくずの導きで、1980年初頭の英国郊外のさびれた家と、傷つきながらも立ち上がろうとする戦後・長崎がつながっていく。

英国で長く暮らす中年の日本人女性、悦子は長女の自殺という運命にさいなまれている。

悦子と英国人男性のあいだに生まれた次女ニキは駆け出しの作家で、無一文に近いが時間は有り余っている。

何とかして名声を手にしたいと考えたニキは、大きなテープレコーダーを手にして母にこう言う。「ママ、日本にいたころの話をしてくれる?」

スウェーデン・アカデミーは2017年、イシグロにノーベル文学賞を授与した際、その散文がもつ感情的な力と、「記憶、時間、自己欺瞞」に着目している点を讃えた。イシグロが書くすべてのフィクションを彩るのがそうしたテーマであり、大邸宅で仕える執事を主人公にした物語(『日の名残り』)でも、全寮制の学校で暮らす臓器提供者の子供たちの物語(『わたしを離さないで』)でも、アーサー王亡き後の英国を旅する老夫婦の物語(『忘れられた巨人』)でも変わらない

 

 

     

 

しかし、そのテーマがもっとも生々しく描かれているのは『遠い山なみの光』に思える

 

 

 

 

 

 

 

カズオ・イシグロと石川慶監督 Photo by Monica Schipper / Getty Image

 

ニキとカズオ・イシグロ


『遠い山なみの光』は、イシグロの家族の来し方と、長崎で生まれて5歳で英国に渡った彼自身がもつ2つのアイデンティティをさりげなく掘り下げている。象徴的なのは、映画版が初めて公式上映された場所が、ヤシの木やヨット、華やかな雰囲気のなかに埋もれてしまいかねな

 

 

 

 

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