トランプ再来は悪夢!〉ビヨンセ、テイラー・スウィフトの女性パワーが大統領選の行方を左右するか?

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男性優位主義的な考えを持つトランプ陣営でも、ビヨンセの力を借りたいようだ(AP/アフロ)

 

 

 

 

 この夏、米国東部のある大学を訪問したが、そこの図書館の男性用トイレには生理用品のタンポンが置かれている。今回の大統領選挙で民主党副大統領候補に指名されたミネソタ州のティム・ウォルズ知事が、トランプ陣営から最近「タンポン・ティム」と呼ばれていることが想起された。  2023年にウォルズ知事は、ミネソタ州内の公立学校のトイレに無料で生理用品を設置することを義務付ける法案に署名した。その法案が求めたのは、「生理中のすべての生徒」のための生理用品の設置であった。女性用トイレだけではなく男性用トイレにも設置を義務付けたのである。  すなわち、さまざまな性的少数者を助けるために、男性用トイレにも設置することを求めるものであった。これに対しミネソタ州の共和党議員の一部は、この「すべての生理中の生徒」という文言に噛みつき、生理用品は女性用トイレのみに設置されるべきと主張した。性的少数者へのいきすぎた配慮だというのである。  保守派の司会者は、この件を取りあげ、ウォルズ氏の顔を合成したタンポンのパッケージの写真を創り、「タンポン・ティム」と呼んで彼を馬鹿にした。トランプ陣営もこれに乗っかり、民主党は副大統領候補に「タンポン・ティム」を選んだと揶揄した。この呼び方はトランプ支持者に広がった。  一方、民主党支持者の間では、このウォルズ氏の姿勢を支持する動きが広がっている。男性用トイレにも生理用品を設置することが、様々な少数者への行き届いた配慮を表していると受け止められたのである。  ヒラリー・クリントン元国務長官をはじめ民主党有力者も、ウォルズ知事の姿勢を高く評価する見解を表明している。知事本人も「タンポン・ティム」と呼ばれることをむしろ「光栄」だと発言している。  つまり同じキャッチフレーズが、共和党支持者の間では、ネガティブなものとして、民主党支持者の間にはポジティブなものとして流通しているのである。これは米国の分断を象徴した現象と言えよう

 

 

 

テイラー・スウィフトを〝利用〟するトランプ陣営

 そもそもトランプ支持者たちが「タンポン・ティム」をネガティブなものと考えるのは、トランスジェンダーやノンバイナリーなど既成の枠組みに入らない多様な存在を認めたくないという考えがある。加えて、男性が生理といったものに関わるなど女々しいというメイルショーヴィニスト(男性優位主義)的な考えが根底にあるからである。  そのような男性優位的な考えが根底にあるトランプ陣営ではあるが、ハリス陣営の勢いを受けて女性の助けも必要なようである。最近トランプは、国民的人気シンガーソングライターのテイラー・スウィフトをAIで加工したいくつかの図像をSNSに発信した。  その図像の中には、かつて米国政府が愛国心に訴えて志願兵を求める時に作成した「あなたが必要だ」という有名なポスターを、テイラーに模して加工したものもある。それはさも、テイラーがトランプへの支持を愛国心のある国民に訴えているかのようである。  テイラー・スウィフトは元来民主党支持で、20年の大統領選挙ではバイデン支持を表明したこともある。その影響力は大きく、テイラーがSNSなどで選挙登録を呼びかけるたびに選挙登録者が急増する。そして、そのほとんどが民主党に投票すると推定されている。  選挙に投票するには事前の選挙登録が必要な米国で、それまで登録していなかった層を動かす彼女の力は非常に大きい。しかしその影響力の大きさゆえに、テイラーが脅迫の対象となることもあり、彼女の身の安全を心配する家族からは大統領選挙について政治的な発言をすることを止められている。  現時点でテイラーは今回の選挙について旗幟を鮮明にしていないので、トランプに無許可で自分の合成画像を発信されてもそれを止めることはしないだろう、とトランプ側が嵩を括っての発信とも考えられる。いずれにせよ、トランプ陣営は男性優位の立場を支持しつつ、困ると女性のパワーに頼っているのは確かである

 

 

 

ビヨンセの支持を得る〝威力〟

 同様に女性のパワーと言えば、米国を代表する歌手のビヨンセが、次期大統領選挙を戦うハリス陣営に対し、400万ドルの寄付を表明し、楽曲「フリーダム」の使用を認めた。これはハリス陣営にとって勝利への大きな推進力となると受け止められている。  400万ドルというのは途方もない額であるが、大きな力となると考えられるのは資金だけではない。米国でも数少ない黒人にも白人にも熱狂的に受け入られているエンターテイナーの一人であるビヨンセの支持を得たということの意味の大きさがそこには潜んでいる。  ビヨンセは、かつては黒人としてメッセージ性のある楽曲よりも、幅広いファン層が受け入れやすい作品を発表していた。しかし、相次ぐ警官による黒人殺害事件の発生に触発され、16年に黒人性を前面に押し出した新曲「フォーメーション」を発表した。  この変化がもたらした影響はすさまじく、歴史ある人気コメディ番組サタデー・ナイト・ライブ(SNL)が、「ビヨンセが黒人になった日」という架空の映画の予告編を作成したほどであった。それは、これまでビヨンセのことを白人であると信じて曲を聴いてきた白人たちが、黒人性を前面に出した新しいアルバムの登場によって、ビヨンセが黒人であったことに初めて気づき、宇宙人が来襲したのと同じくらい驚いた、という内容であった。  何も驚かない黒人をよそに、ビヨンセの新しいアルバムを聴いた白人たちが、まるでそれまで信じていた世界が崩れたように感じて半狂乱になって逃げ惑う姿を笑うというSNLらしい皮肉の効いたものだった。もちろんビヨンセに黒人の血が流れていることは周知であったが、彼女の作風やパフォーマンスの変化がそれほど劇的であり、衝撃を持って受け止められたということを表していた。

 今回の選挙で、ビヨンセの楽曲「フリーダム」がハリス陣営に力を与えるのは、ビヨンセの人気だけによるものではない。この曲は前述の「フォーメーション」が収録されていたのと同じ2016年のアルバム『レモネード』の中の作品で、20年にジョージ・フロイド氏が白人警官に殺された事件に抗議する運動の讃歌として使われた、強いメッセージ性を持つ曲である。  そもそもビヨンセが莫大な私財を投じてまでハリスを当選させたいと考えるのは、ひとえにトランプの当選阻止を狙っているからである。自由と多様性を重んじるビヨンセにとってトランプの再来は悪夢でしかない。差別が横行する過去へと戻そうとするトランプに対し、「自由よ、わが身を解放せよ」とビヨンセは歌う

 

 

 

「昔に戻りたい」力に勝てるか

 米国で建国時から今日まで大切にされてきた政治文化の概念が三つある――自由、平等、民主主義である。この順番が重要であり、米国人は何よりも自由を大事にする。英王ジョージ三世による抑圧に命を懸けて戦って独立したのも、自由を欲したからである。  実は自由を貴ぶ歌は、大統領選挙において建国期から謳われてきた。最初の大統領選挙キャンペーン・ソングとして挙げられることも多い「アダムズと自由」という曲のアダムズとは、第二代大統領ジョン・アダムズのことである。第三代大統領トマス・ジェファソンのための曲「ジェファソンと自由」は「自由の息子たちは高らかに謳う、恐怖の治世はもう終わりだと」と自由が恐怖に打ち勝つ様を謳ったものである。つまり、建国期から米国人は歌が人を動かす力の大きさを知っていたのである。  一方、トランプ陣営は、ビヨンセがハリスに公式に使用を許可した「フリーダム」をBGMにトランプが飛行機のタラップを降りて来る映像を民主党大会中にネットへ勝手に上げた。このことから、トランプ陣営もビヨンセの影響力の大きさを利用しようとしていることがうかがえる。  ハリスはこの選挙戦を、「過去に戻そうとする」トランプと「明るい未来を信じる」自分たちとの戦いと表現した。言い換えれば、多様性を大切にする者たちと、多くが抑圧されていた昔を懐かしむ者たちとの戦いである。白人が支配するエンターテインメント業界で耐えてきたビヨンセの過去の歩みと、弱者に寄り添う彼女の姿勢を知る米国人の心をつかむビヨンセの歌声は、ハリスの選挙の後押しとなるだろう。  しかし、昔に戻りたいと考える人々の力はいつの時代も侮れない。白人男性が白人男性らしく生き、非白人が分を弁えて暮らしていた時代に戻るのか、それとも様々な異なった生き方が尊重される未来が支持されるのか、次の大統領選挙で試されるのはそういった点でもある。

廣部 泉

 

 

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