小1の息子が発達障害 受け止められないのは母親失格か…早期に診断されることの意義

読売新聞(ヨミドクター)

いつでもおいで「こどものこころ外来」

 発達障害、不登校、ひきこもり、リストカット、摂食障害……。子どもの心の診療に携わる精神科医の宮﨑健祐さんが、子どもの心が元気を取り戻す方法を考えます。

 

 

  【図解】発達障害「自閉スペクトラム症」解明進む

 

 

 

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 発達障害の診断を伝えるということは、その後に続く支援をスムーズに行っていくために、とても重要なことです。障害を抱える本人にとってはもちろんのこと、当事者が子どもさんだった場合、養育者に診断を理解して受け止めていただくことが大事になります。今回は、息子さんが発達障害と診断され、その告知を受けたお母さんについて紹介させていただきます。

奈落の底に落ちたよう

 小学1年のひろと君(仮名)は、それまで発達の問題を指摘されることはありませんでした。ただ、お母さんは、幼いころから育てにくさを感じていました。小学校に入学してからは、クラスメートとうまくコミュニケーションが取れないことや、こだわりが強くて自分のやり方に固執してしまうことなどがあり、息子に発達の問題があるのではないかと、親子で病院を受診されました。  ひろと君は、生育歴や診察時の様子、関連する検査などから、対人関係を築くのが苦手な自閉スペクトラム症(ASD)と診断されました。私は診断や必要な支援についてお伝えしました。お母さんは、その時は落ち着いた様子で、メモを取りながら聞いていましたが、私の言葉を一つも漏らすまいと思っておられる様子がとても印象的でした。  その1か月後、お母さんだけに再び来院してもらいました。すると、診察室に入って少ししてから、発達障害だと診断されて実はショックだったという気持ちを涙ながらに打ち明けてくれたのです。  「ずっと子どもの様子を見ていて、きっと発達障害があるのだろうと薄々予想はしていたけれど、病院の専門の先生が診たら、実は違うと言ってくれるのではないかと期待していました。でも、先生から診断を聞いて、本当の現実を突きつけられてしまったな、と。専門家の先生が言うのだからそうなのだろうな、と。その瞬間、奈落の底に落とされる気持ちがしました」  こう話され、私が説明したことも実はほとんど頭に残っていなかったといいます。  「でも、障害があるのだったら、親の自分がしっかりしないといけないと思って、そんな気持ちには蓋を閉めて頑張るしかない、落ち込んでなんかいられない、と頑張ってきました。でも、どうしてもつらくなってしまう……。母親失格だと思う」とも続けました。  私は「思いや気持ちに蓋をせず、ありのままを話して大丈夫ですよ」とお伝えしました。  その後、しばらく通院しているうちに、次第にひろと君の将来に対する不安や「自分の育て方が悪かったのではないか」という罪悪感などを話されるようになりました。私は、お母さんの気持ちに寄り添って話を聞きながら、先の見通しや育て方に由来するものではないことを説明しました。  そして、ひろと君はこれからの過ごし方で大きく変わっていく可能性があること、学校との連携も重要であることなどをお伝えし、お母さんから許可をいただいて担任の先生と連絡を取り、ひろと君の支援方法について相談することにしました。その後、お母さんは少しずつ気持ちにゆとりを取り戻していきました

 

 

 

親御さんが気持ちを整理するまで時は止まってくれない

 発達障害に関する啓発が進み、子どもさんの障害に早い段階で気づく親御さんも増えています。ひろと君のお母さんのように、ある程度、気持ちの準備をして受診される親御さんも増えてきていますが、それでも実際に診断を伝えられると気持ちが混乱してしまうことがあります。  でも、それは心が弱いからでも、親として失格だからでもありません。ごく当たり前のことです。そして、そんな心の状態で医師から大事な説明をされても、ほとんど頭に残りませんよね。  ひろと君のお母さんのように、一見、落ち着いて聞いているように見えても、本当はとっても動揺されていることがあります。だから、診断を伝えた後は、それにまつわるありのままの思いを受け止めてあげることや、気持ちを整理するための時間が必要なのです。  では、診断がなかなか受け入れられないけれど、治療や支援が待ったなしの場合はどうしたらよいのでしょう? 普段の診療ではそんなこともあります。発達障害は早期に診断して支援を開始することが重要だといわれます。親御さんが気持ちを整理するまで時が止まってくれるわけではありません。その間にも子どもはどんどん成長していきます。  そんな時、私は、「発達障害の診断」というのは、子どもさんが支援を適切に受けていくための“パスポート”のようなものだとお伝えしています。パスポートの色や柄が気に入らなくても、海外に行くなら持っていないと仕方ないですよね。  「このフライト(治療・支援)を逃しちゃうと、次の便はだいぶ先になっちゃいます! だから、とりあえずパスポート(診断)を取って飛行機に乗ってください。それからのことはフライトしながら私と一緒に考えましょう!」などとお伝えしています。  いつの日か、パスポートがなくたってフライトできるようになる日が来るのかもしれません。世の中がそんなふうになっていくためには、発達障害に対する専門的な支援が進むだけでなく、社会がもっともっと障害を受け入れていく必要があります。そのためには障害のことを知っていただくことが第一歩です。このコラムを通して、引き続きそんな情報を発信していきたいと思います。

 

 

小1の息子が発達障害 受け止められないのは母親失格か…早期に診断されることの意義(読売新聞(ヨミドクター))

 

宮﨑 健祐(みやざき・けんすけ)

 

 1978年、岐阜県生まれ。大分大学医学部卒業。精神科医。弘前愛成会病院精神科医局長・外来医長。児童思春期の心の診療に長年携わる。2017年、日本児童青年精神医学会実践奨励賞。2024年、NPPR Topic Award 2023(日本神経精神薬理学会)。著書(いずれも分担執筆)に「現代児童青年精神医学(山崎晃資編著、永井書店)」「不安障害の子どもたち(近藤直司編著、合同出版)」「発達障害支援の実際(内山登紀夫編、医学書院)」など