日本最大級の偽文書の価値は 滋賀・湖南市「椿井文書」異例の文化財解除へ

 
 

絵図を前に指定解除の見直しを訴える田中秀明さん(左)と奥野賢悟住職=20日、滋賀県湖南市菩提寺の西応寺

絵図を前に指定解除の見直しを訴える田中秀明さん(左)と奥野賢悟住職=20日、滋賀県湖南市菩提寺の西応寺© 産経新聞

 

 

近畿一円に数百点が分布する日本最大級の偽文書(ぎもんじょ)「椿井文書(つばいもんじょ)」の一つであることを理由に、滋賀県湖南市の文化財保護審議会が江戸時代の絵図の指定解除に向けた動きを進めている。焼失や盗難以外での現存文化財の指定解除は極めて異例で地元住民や有識者からは「椿井文書というだけで結論を出している。調査、検証をすべきだ」と反対の声が上がっている。

 

対象となっているのは、同市菩提寺の西応寺が所蔵する「紙本著色少菩提寺絵図(しほんちゃくしょくしょうぼだいじえず)」(円満山少菩提寺四至封疆之絵図)。戦国時代に焼失した良弁僧正(東大寺初代別当)創設の山岳寺院「少菩提寺」を含む菩提寺山(標高353・2メートル)周辺が描かれており、昭和52年、甲西町(現湖南市)が室町時代の絵画として文化財指定した。

 

 

 

 

■近畿一円に流布

作者は江戸後期の国学者、椿井政隆(1770~1837年)で、実際は室町時代の古図を江戸時代に模写したものとされる。中京大の馬部(ばべ)隆弘教授(日本中近世史)の調査で、元号が明応(1492~1501)に改元されたのは7月なのに絵図には明応元年4月と記載されていることなどから偽物と判明し、令和2年に公表された。椿井が作成した偽文書は多岐にわたり、「椿井文書」として知られる。

湖南市では、「市指定文化財の指定基準」を3年度に新たに作成。この基準に沿って市文化財保護審議会(土井通弘会長)が4年10月、室町時代の絵画ではない▽絵図として指定は厳しい▽史料・古文書として正確性に欠く―などの理由で、解除方針を決めた。ただ、時期は未定としている。

同市の生田邦夫市長は、「今の段階で話すことはない。指定解除の際は改めて審議会に諮る」としている。

■保護団体が反発

この流れに地元の文化財保護団体が反応、今月8日、解除に反対する緊急の要望書を生田市長に提出した。要望書を提出した「菩提寺の文化財を守る会」事務局の田中秀明さん(77)は、「江戸時代に住人や寺が希望して椿井に描いてもらったもので、椿井は現地調査している。椿井文書だから解除するのではなく、中身をしっかりみてほしい。市は何が文化財かを考えてほしい」という。

西応寺住職の奥野賢悟さん(76)も、「椿井をもって『偽物』『意味がない』というのは、あまりに短絡的。100%確かではないかもしれないが、地域の人々は昔も今もよりどころにして生きてきた。今回の問題を通して、文化財の在り方を考え直してもいいのではないか」という。

 

 

 

■審議会で議論を

馬部教授は、「湖南市の審議会では偽物はだめの1点張りで、価値の議論をほとんどしていない。調査もせずに結論を出しており、指定文化財解除の理由になっていない」と指摘する。

大津市や滋賀県日野町も椿井文書を指定文化財としており、今回の湖南市の指定解除に向けた動きは文化行政に影響を与える可能性もある。馬部教授は「椿井文書は江戸時代の人々の心性(しんせい)や歴史観に迫る上で格好の素材だ。行政判断によって『価値がない』となると、貴重な史料の散逸につながる。偽文書とわかったうえで、歴史的な価値を位置付け直す動きもあり、それに水を差すことになる」と警鐘を鳴らす。

西応寺(滋賀県)

西応寺(滋賀県)© 産経新聞

 

 

 

■椿井文書とは

江戸時代後期に山城国相楽郡椿井村(現京都府木津川市)出身の椿井政隆が、

依頼者の求めに応じて作成、販売した

 

偽の神社仏閣の縁起書、

由緒書、

境内図などの総称。

 

近畿一円に数百点が分布する日本最大級の偽文書で、

近畿の府県の自治体史にも引用されている。

 

中京大の馬部隆弘教授による

「椿井文書―日本最大級の偽文書」(中公新書、令和2年)刊行以降、

歴史的な価値を位置付け直す動きがある。

 

(野瀬吉信

 

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