孤立無援な盟友プーチンの足元を見る習近平、「ウラジオストク軍港の常時利用」と「台湾有事参戦」をひそかに要求か

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5月16日、訪中して習近平国家主席(左)と会談したロシアのプーチン大統領(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 

 

 

■ まるで中国の“朝貢国”に成り下がったロシア

 

  2024年5月16~17日、ロシアのプーチン大統領は中国・北京を訪れ、数少ない盟友である習近平国家主席と会談した。 

 

【写真】ロシア海軍の攻撃型原子力潜水艦「アクラ」級  

 

 

プーチン氏は今年3月のロシア大統領選挙で予想通り圧勝。5月7日に正式就任し、同国史上初の「大統領5期目」となったが、今もっとも頼りにする習氏に報告し、ウクライナ戦争でのさらなる支援もお願いしたかったのだろうか。

就任後初の外遊先として、迷うことなく中国を選んだ。  

中ロ関係に詳しいある国際ジャーナリストは、「ロシアは中国の“朝貢国”になり下がったと、世界中にアピールしているようなものだ」と皮肉交じりに語る。  

 

200年ほど前までアジアの超大国だった中国は、彼らが夷狄(いてき。野蛮人)と呼ぶ周辺の国から貢ぎ物を届けさせ、代わりに高度な贈り物を授けて、夷狄国の首領を「君主」として認めるという外交儀礼を行っていた。  

 

 

 

これが朝貢制度で、当時アジアの中小国の多くが受け入れ、事実上中国の勢力下に置かれた。  

 

「ロシアは市場価格より格安で原油や天然ガスを中国に売り、代わりに中国から兵器製造に必要な電子部品や自動車を調達。まさに朝貢体制そのもので、中国指導部もそう見ているのでは。

となれば、ロシアはさしずめ辺境の野蛮な夷狄で、半世紀前は考えられなかった」  と前出の国際ジャーナリストは、主従逆転した中ロ関係に舌を巻く。  

 

 

 

ウクライナ侵略戦争により日米欧からはソッポを向かれ、国際刑事裁判所(ICC)からは、ウクライナの子供を“拉致”した戦争犯罪の疑いで、世界のお尋ね者となったプーチン氏。今や自由に渡航できる外国も相当限られる、孤独の人だ。

 

しかも、中国とロシアのGDPの差は10対1にまで広がり前者が圧倒的。プーチン氏としては、プライドはこの際後回しで、習氏にシッポを振るしかないのだろう。 

 

 

 首脳会談後の共同声明で、習氏は「中国はロシアのよき隣人、友人、相互信頼のパートナー」と社交辞令を述べた。

 

 

一方、プーチン氏は「われわれは国際法に基づき、正義と民主的な世界秩序を順守している」と強調。ウクライナ・台湾に対する両国の傍若無人な振る舞いを正当化した。 

 

 ただし習氏は、「両国関係の安定した発展は世界平和に資する」とも明言。ウクライナ情勢についても「双方は政治的解決が正しい方向」と述べた。武力侵略の蛮行を続けるプーチン氏と自分は違うと言いたげで、若干距離置くスタンスを示唆したようにも思え

 

 

 

ロシアにとってウラジオストク港が重要拠点である理由  今回の中ロ首脳会談では、表向きには経済や貿易、エネルギー分野のさらなる協力が重点的に協議されたと両国は説明するが、中国に詳しいある軍事専門家はこう見る。  

「プーチン氏は戦争長期化と国際的孤立、ロシア経済の息切れを懸念しているため、習氏は完全に足元を見ているはず。

 

そこで習氏はプーチン氏を今後も支援する見返りに、ついに『ウラジオストク軍港の常時利用権』『台湾有事でのロシア参戦』の2条件を切り出したのではないかと外交筋の一部で囁かれている」  「ウラジオストク軍港の常時利用権」については、以前当サイトでも詳述している(メディアが騒ぎ立てる「中国が165年ぶりにウラジオストク奪還」の現実度/2023年10月1日公開)。  

 

 

中国北東部(旧満州)に隣接するロシア領一帯は「極東ロシア」「沿海州」と呼ばれ、かつて中国(清国)領だった。  19世紀半ばになると、中国の植民地化を虎視眈々と狙う欧米列強は、1840年のアヘン戦争、1856年のアロー戦争(第二次アヘン戦争)で清国が連敗したのを合図に、中国大陸へ続々と進出し、半植民地化を進めた。  

 

ロシアも同様で、当時東方へと征服地を拡大。ついに太平洋まで達すると、戦略上不可欠な日本海の不凍港の獲得を画策した。

 

そして、強大な軍事力を背景に清国を脅し、1858年のアイグン条約、1860年の北京条約を通じて併呑したのが極東ロシアや沿海州である。  沿海州には不凍港のウラジオストクがあり、ロシア海軍の太平洋艦隊が司令部を置き、同国のアジア太平洋戦略上、非常に重要な拠点でもある。  

 

仮想敵の日米が日本海の対岸に布陣し、近くには「ロシアの湖」と自負するオホーツク海が控える。ロシアはこの海域に水中発射型の核弾道ミサイル(SLBM)を多数積む巨大原子力潜水艦(SSBN)を10隻以上潜航させ、万が一の核戦争に備える。  

 

 

ロシア核戦略の「根幹中の根幹」とも言うべき“聖域”で、同海域の警備は太平洋艦隊の最重要任務でもある。  こうした背景があるウラジオストクだけに、友好国の中国とはいえ、港湾の門戸開放には慎重にならざるを得なかった。

しかも「開放したら最後、これを突破口に徐々に間口を広げ、最後は返還を迫るのでは」と、ロシア側は警戒しているという

 

 

 

“サラミ戦術”でウラジオストクを中国海軍の「母港」に  だが2023年6月、ついにロシアは中国の要求に折れて港湾を開放。ただし商用の貨物船で隣接する中国の黒竜江・吉林両省の産品を、同じ中国の港に海上輸送することに限定している。事実上「中国国内の海運輸送」と見なし、関税はかけないという取り決めだ。  

だが、中国の一部メディアやSNSでは「ウラジオストクを165年ぶりに奪還」と盛り上がっている。  また中国の政府機関で、同国の正式な地図の発行を管轄する自然資源省も、清国時代のウラジオストク「海参崴(ハイシェンウェイ):海辺の小さな村」を地図に併記することを義務付けた。  

そもそもウラジオストク自体がロシア語で「東を支配しろ」との意味で、前出の国際ジャーナリストも、「『中国を侵略せよ』と言っているようなもので、習氏はもちろん、中国国民にとっては、ロシアの植民地支配、帝国主義の名残で不愉快だろう。

 

今回のウクライナ侵略とオーバラップしてしまう人間も少なくないのでは」と語る。 

 

 ロシアが同港の開放に踏み切らざるを得なかった背景には、長期化するウクライナ侵略戦争のさらなる継続には「中国の手厚い支援が不可欠」という事情がある。  「換言すれば、中国にとってウクライナ戦争は、ロシアがかすめ取った祖国の地を奪還する千載一遇のチャンスである。それを考えると、戦争が長期化した方が中国はさらなる失地回復を含め、さまざまな条件をロシアに呑ませることができる」(前出の国際ジャーナリスト)  

「さまざまな条件」の最有力候補が、ウラジオストク軍港を中国海軍が自由に使用できる権利だろう。海洋進出を図るために海軍増強に精を出す習氏にとって、日本海や北太平洋、さらには北極海で活動する際の中継地として、同港は非常に魅力的だ。

 

  地図を眺めると、同港は一見中国本土から遠く隔絶された場所に思えるが、実は黒竜江・吉林両省とは目と鼻の先で、直線距離で60kmほどしか離れていない。 

 

 現在、ウラジオストク~黒竜江・吉林両省を最短で結ぶ鉄道はなく、かなり迂回した道路が通るだけだが、仮に近い将来、同港が中国海軍の軍艦が常時停泊する「母港」となった場合、中国は「一帯一路戦略」を掲げ、鉄道敷設や高速道路建設、さらには同軍港の整備・拡張など、得意のインフラ整備に何兆円も投入する可能性が高いだろう。  

前出の軍事専門家も、こう指摘する。 

 

 「今回のウクライナ港の制限付き開放は、あくまでも入口。今後は外国との貿易港、中国海警局(沿岸警備隊)の警備艇の常駐、漁船基地などと、たっぷり時間をかけて徐々に間口を広げ、気付けば中国海軍の基地に変貌しているかもしれない。中国の常套手段である“サラミ戦術”(サラミを薄く切るように、目立たぬよう事を進める戦術)だ。 

 インフラ整備はロシア側にもメリットがあるが、当然中国側が50~100年の運営権、港湾使用権などを要求してくるのは確実だろう。

昨今のスリランカやギリシャの例を見れば明らかで、多額の債務を返済できず、港湾施設などの権益譲渡を迫られる『債務のワナ』の典型と言える」

 

 

まだまだ侮れないロシアの「潜水艦技術」  そして、プーチン氏と習氏の会談で話題に上った可能性もある「台湾有事でのロシア参戦」は、ロシア側にとってみれば、前述したウラジオストク軍港の中国への貸与よりもハードルが低いかも知れない。

 

  「台湾有事」とは、中国による台湾への武力侵攻で、直近の今年3月には米海軍高官が、「中国は2027年までに台湾侵攻の準備を整える」と、米議会下院の軍事委員会で発言し、警鐘を鳴らす。  前出の軍事専門家は、「中国が作戦実行の際、ロシア軍に軍事的支援を求めるのは確実だが、もっとも期待するのが潜水艦を使った台湾封鎖や日米へのけん制作戦だろう」と推察する。  

 

イギリスのシンクタンクIISS発行の『ミリタリーバランス』によれば、冷戦終結時の1989年における旧ソ連海軍の陣容は、潜水艦300隻以上(うち原子力潜水艦約170隻)、空母/軽空母5隻、その他、巡洋艦、駆逐艦を含めた大型水上戦闘艦約220隻を抱え、世界最強の米海軍に対抗する大海軍だった。  

 

だが、2023年時点のロシア海軍の戦力は、原子力潜水艦12隻、魚雷や対艦ミサイルによる敵艦船攻撃が主任務の攻撃型原潜19隻、通常型(ディーゼル・エンジン搭載)潜水艦19隻で、潜水艦総数は40隻弱と、往時の8分の1に過ぎない。同様に大型水上戦闘艦も70隻強で、かつての3分の1にとどまる。  とはいえ、ロシアの潜水艦技術は侮れず、静粛性や潜航深度の技術は、今でもアメリカと肩を並べるとさえ言われる。軍事協力が進む中ロ両国だが、「戦闘機用エンジン」と「潜水艦技術」はロシアにとっても“秘中の秘”で、これらのコア技術を中国に教えることはあり得ない。

 

 

 

■ 中ロの関係は「キツネとタヌキの化かし合い」 

 

 一方、2023年時の中国海軍の陣容は、潜水艦60隻弱(うち原子力潜水艦6隻、攻撃型原潜6隻)、空母2隻(間もなくもう1隻が実戦配備)、その他大型水上戦闘艦約150隻で、数的にはロシア海軍よりはるかに強力だ。  だが、台湾侵攻作戦時に、台湾の周辺海域の封鎖や、日本の海上自衛隊や米海軍をけん制する際に主役となる潜水艦の戦力は心もとない。 

 中国に対抗する陣営の潜水艦の数を見ると、日本は通常型を24隻、アメリカは攻撃型原潜を52隻有し、うち太平洋に30隻は投入できるだろう。隻数だけならほぼ互角だが、問題は“質”で、日米の対潜水艦能力は、冷戦時に旧ソ連潜水艦を相手に鍛えたノウハウを踏襲するだけに、現在でも世界最高峰だ。  

また、台湾有事となれば当事者の台湾をはじめ、豪州、イギリス、カナダ、フランス、韓国など、アメリカの同盟国がこぞって潜水艦を送り込んで加勢するはずで、その隻数は10隻以上になると予想される。  

こうなると中国海軍の劣勢は明らかで、どうしてもロシア潜水艦隊の“参戦”が必要となる。  

 

実際、中ロ両海軍は数年前から10隻ほどの軍艦を連ね「海上合同パトロール」と称するデモンストレーションを何度も実施。日本周辺や東シナ海、台湾近海を遊弋(ゆうよく:艦船が動き回ること)し、台湾有事を意識した“予行演習”と見る向きもある。もちろん目には見えないが、艦隊の眼下で中ロの潜水艦が潜航していると見ていいだろう。  

 

潜水艦の世界は全てが極秘で、ロシアが台湾有事に際して「潜水艦を出撃させた」と公表することはまず考えられない。あくまでもひそかに出動、もしかしたら台湾側に味方する艦船への魚雷攻撃や、台湾の主要港湾付近に機雷をばらまき封鎖したりする作戦に協力するかもしれない。  

 

もちろん日米両国は中ロ潜水艦の排除に乗り出すはずで、万が一ロシア潜水艦を海上自衛隊が撃沈したとしても、その事実が世に出ることもないだろう。全てが秘密裏に処理されるのが“世界の常識”である。仮に日本が「ロシア潜水艦を撃沈」と公表したり、ロシアが「日本に潜水艦を撃沈された」と非難したりすれば、最大の武器である潜水艦の実力を教えてしまう結果になる。 

 

 中ロの関係を「キツネとタヌキの化かし合い」と揶揄する向きがある。5月20日、台湾の頼清徳新政権が正式にスタートしたが、「同床異夢」の両国はこうした動向も踏まえながら、次にいかなるカードを切るのか、注視すべきだろう。

深川 孝行

 

孤立無援な盟友プーチンの足元を見る習近平、「ウラジオストク軍港の常時利用」と「台湾有事参戦」をひそかに要求か(JBpress)