ソニーでは、もうすぐ父親になる予定の男性社員がオムツ替えやミルクの飲ませ方などを学べる講習をおこなうなど、働く母親を支援するための施策を始めている Photo: Noriko Hayashi / The New York Times

 

 

いまだに課題は多くあるが…

米紙「数十年かかったが、ようやく日本の女性の働き方が変わりつつある」

 
 
 
 

 

二ューヨーク・タイムズ(米国)

 

 

Motoko Rich, Hisako Ueno and Kiuko Notoya

 

 

男女雇用機会均等法の施行から約30年。他の先進国に遅れを取りつつも、日本の政府組織や民間企業では、男性優位の職場文化に変化が見られるようになった一方、まだまだ多くの課題が残されてもいる。外務省や大手企業で働く女性たちの現状を、米紙「ニューヨーク・タイムズ」が取材した。
 
 
男女雇用機会均等法が施行された翌年の1987年、のちに日本の皇后となる女性が外務省に入省した。彼女は3人しかいない女性の新人外交官のひとりだった。当時は小和田雅子という名前だったこの女性は深夜まで働き、日米貿易摩擦の対応などにあたった北米二課で、華々しいキャリアを築いていた。

だが、彼女はそれから6年も経たないうちに退職し、当時は皇太子だった現在の天皇、徳仁と結婚した。

その後の30年で、外務省の状況は大きく変わった──そして、女性たちの置かれた状況も。
2020年以降、新人外交官の半数近くを女性が占めるようになり、多くの女性が結婚後も仕事を続けている
 
 
80年代まで、女性は事務職として雇用されるのが主流だった。そんな日本でこうした進歩が見られているという事実は、純粋な数の力によって、少しずつではあるが職場文化が変容し、女性がリーダーとなる道が開かれることを示している。
 

母親になっても、外交官として働ける


長年にわたり、日本では停滞した経済を立て直すために女性の雇用が推進されてきた。民間企業は男性従業員により多くの家事を担うことを促したり、育児の妨げになる仕事後の会食を制限したりするなどの措置を講じてきた。

しかし、いまだに多くの女性たちが、仕事と家庭の両立に苦しんでいるというのが現状だ。

上川陽子が大臣を務める外務省は、ある重要な進歩の指標において、ほかの政府機関や三菱、パナソニック、ソフトバンクといった有名企業を上回っている。すなわち、出世コースにいる女性たち、外務省であれば女性のキャリア官僚の割合だ
 
 
 
省内で女性の地位が上がるにつれて、「働き方は劇的に変化」しており、フレックスタイムが増え、リモートワークも認められるようになってきていると、外交官の原琴乃は言う。
 
原は2005年に入省した6人の女性のうちのひとりだ。2005年に入省した外交官の原琴乃は、2023年に広島で開催されたG7サミットの準備期間中、18時半に退社し、帰宅してからまだ幼い子供にご飯を食べさせ、お風呂に入れてやり、それらが済んだ夜中にオンラインでチームと連絡をとっていた。

以前は、外交官のような仕事は「母親に務まるポジション」ではないと、原は思っていたという。
 

正規雇用や管理職における女性の少なさ

 
 
2021年の最新の政府統計によると、子育て世代で就業している女性たちは、家事の4分の3以上を負担しているとのことだ。この状況をさらに悪化させているのが、日本人労働者が平均して月に22時間近く残業しているという事実だ(この数字は転職情報サイト「doda(デューダ)」の2023年の調査による)。

多くの職業で、残業時間はこれよりはるかに多い。こうした状況を受け、政府は時間外労働の上限を月に45時間までに定めている。
 
 
 
1986年に男女雇用機会均等法が施行されるまで、女性はたいてい「お茶くみ」などの雑務をさせられていた。女性が将来的に管理職や経営職、営業職などに就けるポジションとして雇われることは滅多になかった。

現在、日本は深刻な労働力不足に対処するため、女性を活用しようとしている。だが、25歳から54歳までの女性の80%が働く一方で、彼女たちがフルタイムの正規雇用者全体に占める割合はわずか4分の1あまりにすぎない。政府のデータによると、管理職に就いている女性は8人に1人程度しかいないという。
 
 
経営陣のなかには、女性が自らキャリアを制限していると言う者もいる。日本人女性は「世界と比べて野心が低い」と話すのは、ファーストリテイリングのグローバル人事統括部長、山口徹だ。「彼女たちの優先事項は、キャリアよりも育児なのです」

世界全体では、管理職の45%が女性なのに対し、日本では25%を少し上回る程度にとどまっている。

女性がキャリアと育児を両立しやすい環境を作るのは企業の責任だと、専門家たちは指摘する。女性にキャリアの壁があることは、経済全体にとってマイナスとなる。さらに、出生率が低下するなか、職場でも家庭でも非現実的な理想を押し付けられることは、野心ある女性たちが子供をもつ妨げとなるだろう
 
 
 

男性社員向け妊婦体験講座


ソニーの場合、日本で管理職に就いている女性はわずか9人に1人だ。同社は、もうすぐ父親になる予定の男性社員がオムツ替えやミルクの飲ませ方などを学べる講習をおこなうなど、働く母親を支援するための施策を始めている。

最近、東京本社でおこなわれた講習で、妊娠7ヵ月目のササキ・サトコ(35)は、同社のソフトウェアエンジニアである夫のユウダイ(29)が妊婦体験をするのを見守っていた
 
 
 
東京にある別の会社で働く彼女は、夫の会社が男性社員に「母親の大変さを理解」してもらおうと努力をしていることに感動したという。自分の会社では、男性の上司から「あまりサポートを受けられていない」と、涙ぐみながら語る。

ソニーの講習で講師を務めた小坂崇之は、出産後の100日間に、母親と父親がそれぞれ平均してどれくらいの時間を育児にあてているかを示すグラフを見せた。

「この父親は何も協力していません!」父親が7時から23時まで働いていることを示す青い線を指しながら、小坂は言う。「23時帰宅ということは、飲みにも行っているのではないでしょうか
 
 

週3の飲み会でも「進歩」


日本企業の多くでは、仕事後の飲み会がほとんど義務となっており、状況をより悪化させている。大手総合商社の伊藤忠商事は、そうした飲み会を22時までに終えるよう社員に命じている。もっとも、それくらいの時間に帰宅できるとしても、育児が大変なことに変わりはない。

伊藤忠商事の東京本社に勤めるオオニシ・リナは、現在週3で飲み会に参加しているが、それでも進歩だと彼女は言う。以前はもっと頻繁に飲み会があったそうだ。
 
 
 
 
同社は現在、社員に朝5時から働きはじめることを許可している。これは育児で早く退社したい社員の支援を意図したものだが、多くの社員はいまだに時間外労働をしている。オオニシはいつも7時半に出社し、18時過ぎまで働いている。

昇進を犠牲にしてでも、労働時間を制限する女性もいる。イタガキ・マイコ(48)は脳出血で入院するまで、広告のコピーライターとして長時間労働をしていた。彼女は病気から復帰すると、結婚して子供を産んだ。しかしあるとき、会社で働いていると母親から電話があり、「息子が最初の一歩を歩き出す瞬間を見逃したね」と言われた。

「そのとき思ったんです。なんのために働いてるんだろうって」

彼女は転職し、9時に出社、18時に退社するようになった。管理職への昇進は辞退したという。「またプライベートを犠牲にすることになると思ったんです」
 
 
 
 

外務省に話を戻そう。現在、駐ハンガリー日本国大使を務める小野日子は、1988年の入省時、26人の新人外交官のなかで唯一の女性だった。
 

彼女は上司から「キャリアのことを真剣に考えていない」と思われるのを恐れて、出産を先延ばしにした。最近、彼女は女性の後輩たちに、子供を産みたいのなら、いろいろと頼れる先はあると伝えている。

「託児所や親、友達に頼ることもできます」と彼女は言う。「あるいはもちろん、自分の夫にだって」